2015年11月26日 08:18

アルプス子ども会 秋の親子会 #4

前回の記事からのつづきです。

10/31から一泊にて長野県駒ヶ根市のアルプス子ども会を訪問しました。


楽しい時間はあっと言う間に過ぎますね。
いよいよフィナーレが近づくなか、お昼ごはんとなりました。




みるみるうちに無くなっていく!
( ´ ▽ ` )ノ



あるお母さんが前夜の懇親会にて、うちの子どもがアルプス子ども会に嬉々として参加しようとする理由の一つが今日わかりました、とおっしゃいました。




ごはんの美味しさ!
これは大事です!

アルプス子ども会の魅力は数え切れないほどありますが、美味しい食事もそのひとつです!

五平餅はご覧のように豊田市界隈でいただくのと随分違う体裁で、味の方は何とも言えない不思議な良い風味がしました。
僕は胡椒の一種かなと感じたので焼いていらっしゃった方に何が入っていますか?と伺ったら、山椒とのことでした。
美味しくて何本もいただきましたよ!

写真がありませんが、新米のおにぎりがふわふわに握ってあるのを海苔で巻いて口に放り込んだときには思わずニヤニヤしてしまいました!
絶品でした!




元々、しぶき荘という割烹旅館から派生して始まったというアルプス子ども会。
食事にはこだわりを持っていらっしゃいます。




郷土料理の揚げ饅頭。
こちらも美味しかった!




その昔は法事などで振る舞われたお饅頭を、時が経ってからもいただくため揚げたそうですが、現在では揚げ饅頭専用のお饅頭があるそうです。

他にも様々な食事が提供されましたが、どれも満足いくものでした。
厳選された素材を用いて、調理方法にもかなりこだわっていらっしゃるのに加えて、スタッフのみなさんが子どもたちのために心をこめてこしらえていらっしゃるなぁ、と思いました。




食事を終えた僕たちを、リーダーさんたちが集めました。
いよいよ解散式です。
名残惜しいけれど、仕方ないね。




一泊二日のあいだ、一度も会話できなかった方たちと笑顔で挨拶を交わしました。
(後日参加した森のようちえん 森のわらべ多治見園のお祭りの終了後も、同じことが起こりましたよ。)




楽しい時間を過ごすためにがんばってくれたリーダーのひとり、レッドさんの奏でるギターにあわせて再び歌いました。




秋の柔らかな日差しが僕らを貫きました。
さらなる幸福感に包まれる僕ら。




大人も子どもも一緒になって、わずかな時間ながらより良く育ちあえた。

みんなそう感じているように見えました。




また会おうね。

うん、また会おう。



























































  


Posted by hyakuyobako

2015年11月26日 01:36

アルプス子ども会 秋の親子会 #3

前回の記事からのつづきです。

10/31から一泊にて長野県駒ヶ根市のアルプス子ども会を訪問しました。




みんなでゲームをしたあとは、3つのグループに分かれました。
僕が選んだのは山歩きグループです。





昨夜子どもたちが親と離れて過ごした建物を見学。
胸がキュンとなりました。


























子どもたちが何日も過ごす場所を見る機会があるのも親子会ならでは。














































  


Posted by hyakuyobako

2015年11月24日 12:16

アルプス子ども会 秋の親子会 #2

前回の記事からのつづきです。

10/31から一泊にて長野県駒ヶ根市のアルプス子ども会を訪問しました。

親と子が離ればなれで一夜を過ごした翌朝。
みんなで賑やかに朝食をいただいたあと、広場に集まりました。



この日は素晴らしく良い天気で




外で歌を歌ったり




ゲームをして走り回るにはうってつけの心地よい日でした。




さんさんと降り注ぐ朝の太陽の光が、僕らのからだとこころを貫きます。




さあ、いよいよゲーム。
リーダーさんからの説明をみんなで聞きます。




"王さんゲーム"、あなたはご存知ですか?
王さまではありません、王さんゲームです。
その面白さたるや!( ´ ▽ ` )ノ

もちろん僕も目一杯参加しましたのでゲーム中の写真はありません。
大人も子どもも関係なく夢中で思いっきり走り回って、汗をかきました。




確か15セットはやったかな。
あ〜楽しかった!最高!





アルプス子ども会の運営代表である、でこぴんこと綾崎さんがカメラを構えました。
みんなで記念撮影です。

このあとは3つのグループに分かれて、アルプスの麓の自然を満喫します。








リーダーのレッドさんのギターはいまも耳に残っています。
その優しい人柄がギターの音色にのっていたからでしょう。





つづく。









































  


Posted by hyakuyobako

2015年11月15日 22:33

アルプス子ども会 秋の親子会 #1



山里センチメンツ・ミーティング#4の翌日、10/31から一泊にて長野県駒ヶ根市のアルプス子ども会を訪ね、秋の子ども会に参加してきました。



到着した日はまず最初に子どもも大人も関係なく入りまじりゲームをしましたが、これが凄まじく楽しい!
年齢に関係なく楽しめる数々のゲームはアルプス子ども会の強みのひとつで、人と人の間にある垣根を小細工なしに一気に取っ払うものです。

ゲームのあとは子どもと大人に分かれます。
離れたくないと泣き叫ぶ子どももいますが、リーダーや子どもたちが寄り添ってサポートします。

大人だけの懇親会は深夜まで及びました。
関東、関西、中部。
最初は共通項を探すことに懸命になる大人たちでしたが、次第に自身の子ども観について熱く語る様子が見てとれました。

僕もママやパパ、リーダーを相手にたくさん語りました。
その多くはこの半年間、森のようちえんのみなさん、プレーパークのみなさん、山間部にIターンしてきてくださったみなさん、豊田市おいでん・さんそんセンター次世代育成部会のみなさんから教えていただいたことばかりでしたが、それらはすでに僕の中をめぐる血液のように自然なものとなっていることを、この夜自覚しました。




翌朝。

親子が対面。
たった一晩だけど、こっそり枕を濡らした子はいたはず。
互いの存在の大切さをかみしめます。

朝ごはんはみんなでつくります。
一番最初の写真は、牛乳パック、アルミホイルを使ってこしらえたホットドッグ。
リピーターの子どもたちにご指導をあおぎました。( ´ ▽ ` )ノ






つづく。







































  


Posted by hyakuyobako

2015年09月17日 22:38

プライヴェートでは



http://www.gogoeach.com/






酷い採決でしたね。
http://m.huffpost.com/jp/entry/8150782

しかしこの事態を招いたのは誰のせいでもない。
招いたのは僕らなのです。
その自覚をまず持つことから始めなければなりません。

国民の多くが反対しているのに政権与党はなぜ突き進むのか?
多くの国がしていることだから間違い無いのだ、という論理が彼らを支えています。
*安倍さんはもう少し違う理由から突き進んでいるようですが。
http://president.jp/articles/-/12753


ある方が言っていました。
少数意見はなぜ尊重されなければならないか?
それは、少数意見の方が正しい場合があるからだ、と。

今回の安保関連法案に関する話に例えたなら、少数意見は戦後70年の日本そのものであり、多数意見はアメリカをはじめとする各国です。

なぜ、憲法から派生して誕生しつつあった稀有な平和のイノヴェーションの芽を無残につみとるのでしょうか?
なぜ、もはや古過ぎて使い物にならない戦争抑止論にしがみつき、積極的平和主義という言葉を悪用するのでしょうか?
http://m.huffpost.com/jp/entry/7651094

もちろん少数意見が間違っている場合もあります。
それは安保関連法案における政権与党の言い分です。


この国に本当の民主主義など最初から無いのです。
ではどうするか?

いまから作るのです!






さて、僕ら(山里センチメンツ)の秋の予定を記しました。
http://yamazatosentiments.boo-log.com/e334601.html

上記に加えてプライヴェートでは


10/22(木)19:00〜
土岐麻子 ライヴ
LIVE TOUR 2015 "Bittersweet" ~ 子曰、四十而不惑。麻子曰、惑うなら今だし。 ~

於:名古屋Diamond Hall
http://www.livefans.jp/groups/69323

に行きます!



それと、まだチケットを取っていないけれど、11/12と13は椎名林檎が名古屋に、12/11にはアン・サリーが豊田にやってきます!

ぜひ行きたい!





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〜 山里センチメンツ が主催するテーマ・コミュニティー・ミーティング#4 〜
【いじめとハラスメントを語り考えるミーティング 2015 足助】を10/30(金)に開催することになりましたのでご案内させていただきます。


このミーティングはお住いの地域に関係なくどなたでも参加できます。

私たちは、いじめとハラスメントの予防をテーマとした地域を越えたひとの集まり(テーマ・コミュニティー)を作りたいと考えているからです。

お気軽にぜひご参加下さいね。
またお知り合いに本情報をシェアいただけたら幸いです!

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◆日時
2015年10月30日 (金曜日) 10:00 ~12:00
(開場/受付 9:00 より)

◆ 場 所
足助病院 南棟 1F 講義室 〒444-2351 愛知県豊田市岩神町仲田 20 番地

◆ 主 催
山里センチメンツ
(代表 安藤 順)

◆ 協 力
三河中山間地域で安心して暮らし続けるための健康ネットワーク研究会
(会長 足助病院院長 早川富博氏)

◆参加費
資料代としておひとり100円

◆参加申し込み
下記のいずれかにメールを送って予約してください。
yamazatosentiments@gmail.com
anti.moral.harassment.project@gmail.com
(担当 安藤)
メールには、参加人数、氏名をご記入ください。
(併せて、テーマに関係したコメントを書いていただいても構いません。)


*第二回目である今回は、豊田市青少年相談センター(パルクとよた)より講師をお招きし、本年4月に発表されたばかりの『豊田市いじめ防止基本方針』を、いじめの予防的アプローチのヒントにすべく皆で学びます。

後半にはクエスチョンタイムと、リラックスムードでのフリーディスカッションタイムも設けます。

なおミーティングの冒頭には大人のハラスメント問題も含めた最新の話題を山里センチメンツスタッフが提供します。



◆スケジュール詳細
9:00
開場、受付開始

10:00〜10:15
◯あいさつ・趣旨説明 / 山里センチメンツ代表 安藤 順

10:15 〜10:45
◯豊田市いじめ防止基本方針についてのおはなし / 青少年相談センター(パルクとよた)指導主事 鈴木京子さん

10:45〜11:00
◯質疑応答

11:00〜11:50
◯座談会〜フリーディスカッション:いじめ予防にあたり私たちに何ができるか、などについて〜

11:50〜12:00
◯まとめ


*本件に関する記事はこちらのブログでもお読みいただけます。

Ameba
http://s.ameblo.jp/a-mh-project/

Yahoo
http://blogs.yahoo.co.jp/anti_moral_harassment_project/

excite
http://amhproject.exblog.jp/

goo
http://blog.goo.ne.jp/a-mh-project/

Boo-log(ローカルブログ)
http://antimoralharassmentproject.boo-log.com

http://yamazatosentiments.boo-log.com

http://hyakuyobako.boo-log.com/















































































  


Posted by hyakuyobako

2015年07月16日 23:57

アルプス子ども会と都市と農山村交流スローライフセンター、そして学生たち

この記事は、青少年ボランティア・サポーター・リーダー入門講座に参加して、というタイトルの一連の記事のつづきです。




アルプス子ども会と都市と農山村交流スローライフセンター、そして、学生たち。

このマッチングはたいへん素晴らしいものでした。





「準備の段階からぜひ関わりたい」

以前セカンドスクールに参加し子どものサポートを経験した学生さんは、講座参加者の前で眼を輝かせながらご自身の気持ちを語りました。

やり甲斐があるんだ!
俺にもっとやらせてくれ!

そんな心の叫びにも聴こえました。






そんな彼らにアルプス子ども会の綾崎さんは、期待を込めてこういったことをおっしゃいました。


若いあなたたちは子どもたちと思いっきり遊ぶことができるはず。一緒に楽しく遊んでほしい。そしてその姿は子どもたちに良い影響を与えるし、年齢が近いことで子どもの立場に立って、心に寄り添って子どもを思いやれる。
同時に、あなたたちは子どもたちがまだ持っていない少し先の視点で物を考えて行動するから、キラキラ輝く存在として子どもたちの目標となる。
だから思いっきりやってほしい。脱線しても大人がちゃんとフォローするから。
恐れることはない。何とかなる。


綾崎さんの温かい言葉は、もはや学生でも若者ではない僕にもしっかり響きました。



しかし、ここまではアルプス子ども会を豊田市まで呼ばなくても他の誰かから聴ける言葉かもしれません。
アルプス子ども会の綾崎さんは、炎が燃え盛るトーチを私たちの胸倉にいつの間にか突きつけて、こう聞いてきます。

君たちは子どもが好き、子どもがかわいいから世話をすると言うが、かわいくない子どものめんどうもみられるのか?
子どもたちが自分たちの言うことを素直にきく存在だからかわいいと思っているだけではないか?
(言い方はソフトですよ。^_^)

暗闇の中、私たちの頬だけはトーチの炎の光で赤々と染まります。
ユラユラと揺れる炎は顔の皮膚をいたぶるように高温の熱を発して燃えています。
こうなるともう嘘はつけません。
渋々、自身の心の扉をノックするしかなくなります。

また、内なる差別についても、言及されました。
子どもも、大人も、その存在を自らの心に見出して戦わねばなりません。
私たちは自らのハートの中に、他人を不当に差別する気持ちを折りたたんでしまっているのです。
無意識下でしまわれたそれは、あるトリガーにより瞬時にハートの中から這い出してきて、あっと言う間に広がり、ハートを隅々まで覆い尽くします。
トリガー=引き金は、偏見かもしれないし、ストレスやコンプレックスかもしれないし、自分より劣る者を指導してやるという傲慢な気持ちからかもしれません。

ハートを黒く覆うそれを、完全に消滅させることは不可能であることに私たちは気づかなければならないのです。
生まれながらにそれを持ち合わせていることを知らなければならないのです。
人生は、常にそれと戦う日々であると認識して、より良く生きようとすることなのです。



綾崎さんのおっしゃることには常にリアリティーが感じられますが、それはなぜだろうと2月のくるま座ミーティング以来ずっと考えていました。

講座が終わってから、綾崎さんと荻原さんを関係者で囲んで、短い時間でしたが話をしました。その際は主にお礼を述べあうのに時間を費やしたのですが、いよいよお別れだというときに
「アルプス子ども会の見本や手本となる組織はありますか?」
僕は綾崎さんにそう伺いました。

綾崎さんは、
「そういうのはありません。数多い失敗から学んで何とかやってきました。自分たちで試行錯誤したのみです。」
というようなことを僕におっしゃいました。
リアリティーの源泉はそこにあったのです。




(余談ですが、講座の最中、僕は若い人たちのことを一瞬忘れてこんな発言をしました。
「職場で子どもたちのお世話をする際に子どもたちに自分という存在がどう写っているのか分からず自信がない。指導者やサポーターの年齢、年代は子供たちとの関係性にどのような影響を与えるとお考えですか?」
個人的な悩みを発端としながらも学会がひとつ開けそうな壮大かつエゴ丸出しの質問をついついしてしまいました。
アルプス子ども会の荻原さんからは、自分らしく=あなたらしくやれば良いですよ、という意味のことを言っていただいたのですが、さらに講座に参加していた中学2年生の女の子から休憩時間に声をかけられ、あなたはそのままで良いと思います!というようなことを笑顔で元気良く言っていただきました。
びっくりしましたが嬉しかったです!
とにかくみなさまお世話になりました!^_^)








































  


Posted by hyakuyobako

2015年07月14日 12:46

青少年ボランティア・サポーター・リーダー入門講座に参加して #3



(ゲームを始めま〜す、とアルプス子ども会の荻原さん)



(ギターを弾くアルプス子ども会の綾崎さん)




先日参加した青少年ボランティア・サポーター・リーダー入門講座のレポート第3弾です。







綾崎さんに続いて、荻原さんのお話が始まりました。

荻原さんは子どもの頃に子ども会に参加し、リーダーを経て、現在は同会のスタッフをされている方。
アルプス子ども会を知り尽くした人、でありました。



サポーターが、初めて出会った子どもたちとまず最初にすべきことは?
荻原さんはまずはこの話から話し始めました。

最初にすべきことは信頼関係を作ること。子どもが心を開いてくれるよう工夫をしているそうです。
その工夫はとてもシンプルなことで、子どもの名前をちゃんと呼ぶこと。

それも何度も何度も呼ぶ。
とにかく名前を呼ぶ。

そうすると子どもは、この人は自分を覚えてくれている、と思い安心する。
何度も声に出して呼ぶことで、子どもの顔と名前を覚えるにもなる、とのこと。

サポーターは自らどんどん子どもに話しかけることが大事、話す内容はなんでも良い、そうすると子どもの気持ちは少しずつほぐれて、自分のことを話してくれるようになるとも。


また、子どもたちとの出会いのタイミングで、「嫌なことがあったら遠慮なく言ってね、自分だけで抱え込まず、誰かを通じてでも良いから言ってね。」とあらかじめ伝えることは必ずする、とおっしゃっていました。
そして子どもからのSOSをキャッチできる準備をきっちりしておくとも。
慣れない場所で慣れない顔ぶれとの集団生活ですから不安で一杯。
上記の一言があるのとないとでは、安心感が著しく異なります。
なお綾崎さんは、ホームシックを見抜けるようになるべきとおっしゃいました。
ホームシックだと分かったら、寄り添うことが大事であり、寂しい気持ちを無理に紛らわしたりしても無意味、ホームシックを理解し寂しい気持ちを話してもらうようにし、子どもの心だけでも家に帰してあげれば、その後ホームシックは解消することが多いそうです。

荻原さんは次に、たとえば子どもが一人で出来ることでも二人でするようサポーターが促し、子ども同士で作業を共同化する機会を作ります、とおっしゃいました。
また、ある子どもがしたこと(=たとえばA君が鍋をせっせと運んでくれた)を、他の子どもたちにサポーターが伝え、その情報を子どもたち全体で共有化することも大事であるともおっしゃいました。
サポーターは、子どもたちのつながりを密にする効果的なサポートを常に考え行動に移す必要があるのだな、と感じました。



安全確保の基礎の話では、ハインリッヒの法則をわかりやすく解説して下さいました。
http://jinjibu.jp/smp/keyword/index.php?act=detl&id=283

ちょっとぐらいいいや、という考えが大きな事故につながった事例を私たちはあちこちで見聞きしているのに、自分たちのこととなると高を括ってしまうのです。
気をつけねば、とあらためて思いました。

また、大人だけで危険と対峙せず、子どもたちと一緒になって守ることが大事、というお話は目からウロコでした。
そのためには危険の予知が不可欠なのですが、サポーターはどうやったら子どもたちに迫る危険を取り除けるかを考え、現実的に出来ることを常に選択し実行する必要があり、その作業を"環境整備"と呼んでいるとのことでした。


荻原さんの安全に関する話で特に印象的だったのは、サポーターはあらかじめどんな危険があるか想像を巡らしておき、環境整備をして子どもたちに事前に危険を伝えておくことが大切であるが、予防策をどれだけ講じたかよりも安全に関しては結果がすべてである、ということを肝に銘じておかねばならないという話でした。
(綾崎さんが例として、陽射しの下では帽子をかぶるよう子どもに30回、口を酸っぱくして言ったとしても、子どもが帽子をかぶらなければ意味が無い、とおっしゃっていました。)

また、安全確保の基本中の基本は人員確認であるという話がありました。
一人足りない、と大人が瞬時に気づけるかどうかで子どもの命が左右されることもあるということでした。



講座参加者からいくつか出た質問への荻原さんの答えで印象的だったのは、

子どもたち同士の問題にはすぐに解決できないものもある、しかし最善を尽くしたいからと言って子どもへの対応、ケアーが一瞬でも止まるのは最も良くないことであり、とにかく不細工でも何らかの働きかけを続けることが必要、という話で、アルプス子ども会の、常に子どもを守り続けるんだ!という強い意志を感じました。


子ども同士の諍いにおいては、加害者となる子どもを作らないようにすることが先決である、とはっきりおっしゃいました。
そしてもしも加害者になってしまった子どもがいたら、被害者にするのと同様に加害者の子どもから大人=サポーターがよく話を聞くことが大事である、とも。

綾崎さんからは、諍いをどうサポートするかをあらかじめ決めておかないとならない、なぜならサポーターが多忙なタイミングで諍いは起きやすいから、との話が。

また被害者の子どもの悲しい気持ちは必ずその時に加害者の子どもにきっちり伝える必要があるとおっしゃりました。
僕はその徹底した考え方に思わず唸りました。
(いずれも、いま僕が研究している大人社会のいじめやモラル・ハラスメント対策の件で、日々どうすべきなのかウンウン悩んで考えていることでした。)




アルプス子ども会の綾崎さんと荻原さんは、午前中はモリコロパークに寄っていらっしゃったとのことで、つまり先にひと仕事を終えてから豊田市に駆けつけて下さったわけです。
東京からの移動の疲れ、モリコロパークでのお仕事の疲れ、そして今年一番とも思える蒸し暑さの中、慣れない場所での講座開講はなかなかハードであったはず。
感謝の一言です。
綾崎さん、荻原さん、どうもありがとうございました。




To be continued.


































  


Posted by hyakuyobako

2015年07月14日 07:35

青少年ボランティア・サポーター・リーダー入門講座に参加して #2





7月12日(日)に豊田市産業文化センターで開催された青少年ボランティア・サポーター・リーダー入門講座に参加しました。
今回の記事はそのレポートの第2弾です。

*ひとつめの記事は↓こちら。
http://hyakuyobako.boo-log.com/e326217.html








冒頭、主催者である都市と農山村交流スローライフセンター代表の山本さんがセカンドスクールに参加した子どもたちの様子をプロジェクターで紹介して下さいました。
僕は初めて拝見したのですが楽しいプログラム満載で、もしいま子どもだったら絶対参加する!と思いましたよ。^_^





続いて講師のアルプス子ども会代表の綾崎さんが挨拶をされ、講座がスタート。

まずは青年指導者の役割・活動内容に関して、主催者側から期待することと、青年指導者が求める体験のすりあわせ=講座のゴール設定に時間が使われました。





綾崎さんからのリクエストに応え、豊田高専の学生さんや市内の高校生らが、自身の言葉で思いを語ってくれました。





僕は彼らの話に耳を傾けながら、自分が彼らぐらいの年齢のときはこんな風にちゃんと話せたかな?と振り返りました。^_^



自分の考えをまとめて他人に伝えるちから。
他人の考えを聞いてそれを理解するちから。
そしてそれらを踏まえて意見を交換したり議論をするちから。


この三つのちからは、ひとが社会生活を歩めばあらゆる局面で繰り返し繰り返し必要になります。






たった半日で彼らについて何かわかるわけではありませんが、特に高専の学生さんたちに関しては、きっと彼らは規律ある学校生活や寮生活の中で上記のスキルを日々磨いているに違いない、と感じました。
そう思わせる雰囲気を彼らは充分持っていたからです。^_^

そんな彼らがセカンドスクールで子どもたちと触れ合うとどんな相互作用、化学反応が起きるのか?
とても楽しみです!


(ギターを弾いて歌う綾崎さん。)

ゴール設定のあとは、綾崎さんがアルプス子ども会での経験談や綾崎さんならではのグッと腑に落ちる刺激的なたとえ話を交えつつ、"子どもとのコミニュケーション"というテーマで以下のトピックに絞って話をして下さいました。

・アテにしアテにする関係 〜子どもの力を活かそう
・センサー感度を上げ、反応・行動しよう
・レクリエーション(手遊び、歌遊び、集団ゲーム)

綾崎さんによれば、今の子どもは昔の子どもに比べて泣かなくなったそう。
泣いても助けてもらえない、とか、他人をアテにできない、と思ってしまっている節があると。

アルプス子ども会での話。
大勢の子どもたちが食堂で一緒にご飯を食べるとき、隣の子の横に置いてあるドレッシング(=手を伸ばしても取れない距離にあるドレッシング)を欲した子が、取ってくれない?と隣や向かいの子に頼まずになぜかわざわざ席を立って取りにいってしまう話や、エレベーター内で荷物で両手がふさがっているのに階数ボタンを押すのを同乗した人に頼まずに無理矢理手を伸ばして自分で押す大人の話はたいへんわかりやすい例でした。

頼めない人(他人に頼らず自分でやってしまう人)は実は他人に頼まれたくない人である、つまり表裏一体なのではないか、と綾崎さん。

人の根源的な喜びは人の役に立つこと。
子ども時代から子ども同士でアテにしたりアテにされたりする経験をすれば、自然とそれに気づくことができる。
学校を卒業し社会に出てから社会経験を積めば気づけるが、出来れば子ども時代から気づくことに越したことはない、ともおっしゃっていました。



*今回は綾崎さんとともにアルプス子ども会スタッフの荻原さんも同席されました。

サポーターと子どもとの信頼関係の作り方、子ども同士のコミニュケーションを促す=つながりを密にする方法、安全確保の基礎などについてわかりやすく話して下さいました。
安全確保においては、ハインリッヒの法則の話、危険予知と環境整備の話、結果主義の話など、背筋がピンと伸びる話ばかりでたいへん勉強になりましたよ。

荻原さんの話は次回の記事に書きますね。
お楽しみに!



To be continued.



















































  


Posted by hyakuyobako

2015年07月12日 23:04

青少年ボランティア・サポーター・リーダー入門講座に参加して #1




今日は豊田市産業文化センターで開催された青少年ボランティア・サポーター・リーダー入門講座に参加しました。





春休みと夏休み。

小学生が親元を離れて農山村に泊まり、自然のなかで過ごして普段とは異なる体験をするセカンドスクールの存在はご存知でしょう。

今回の講座は、そんな小学生たちのサポーター役となることに関心を持つ高校生・高専生・大学生を対象に、長野県駒ヶ根市のアルプス子ども会より講師を招いて行われました。

http://www.oiden-sanson.com/event/shinai/entry-482.html

(写真のギターはアルプス子ども会代表の綾崎さんのもの。休憩時間に許可なく撮影してしまい、さらにこうして記事にアップ!お許しを!ピカピカギターで素敵な歌を聴かせていただきました!)

*アルプス子ども会 公式HP
http://alps-kodomokai.jp/





僕はお手伝い兼講座受講生の立場にて参加しました。

ちなみに普段は標高が高いため街より幾分か涼しい高原でグダグダ働いているせいなのか、終始汗でダクダクの情けなさ。
ずっとポロシャツを濡らしておりました!
また、はじめてお手伝いしたので勝手がわからず、それでもその場その場で最適と思われる選択をしてアクションしようと事前に決めて鼻息荒く会場入りしましたが・・・やっぱりあまりお役に立てませんでした。
でも、ま、いいか!^_^




2月のくるま座ミーティング後のように、しばらくのあいだ連載形式で今日のことを綴ります。
お時間あるとき読んでみてくださいね。

会場で中学2年生の女の子からほめられた話も書きます!

以下の写真はレジュメに僕が書き殴ったもの。






書いてから一週間以内ぐらいなら、何が書いてあるのか大体わかります!心にもメモってますからわからなくなっても平気ですが!^_^)







(*最近買ったコンバースジャックパーセルの布ヴァージョンが足にフィットせず、今日は会場に着いた頃に足の内側の皮が剥けてしまっていました。普通の長さの靴下を履けばこうはならなかったかもしれませんね・・・。
傷は1センチ×1センチの大きさで皮がペロリ。
綾崎さんから、小さくても擦り傷を舐めてはいけない、というお話がちょうどあったので、その場で持っていたバンドエイドをペタリの図!)



To be continued.








































































  


Posted by hyakuyobako

2015年03月02日 16:06

アルプス子ども会の存在を知って考えたこと、思い出したこと





何回かに分けて書いてきた記事の続きです。





その当時。

モラル・ハラスメントという言葉は、探しに探して、ようやく見つけた言葉=概念でした。

僕の血縁者が被害に遭っていたことがきっかけでした。



モラル・ハラスメントという言葉を知り、インターネットや専門書籍を用いて詳しいことを調べるようになったのはまだ東京に住んでいた2007年頃で、その後地元に帰ってはじめた地域貢献を目的とするプライヴェートヴォランティアサークル・山里センチメンツの活動の一環として専門家を招いての講演会を開催したり自主学習会を重ねるようになりました。

血縁者が抱えていたモラル・ハラスメント問題に解決の道筋がついた後も、僕が数年間に渡りこだわってモラル・ハラスメントを抑止しようと取り組んできたのには、つい最近まで自分自身がすっかり忘れていたある理由があったのです。




僕には子どもの頃に培われた、言葉や態度による目に見えない暴力や不穏な同調圧力をいち早く感じ取り、分析し、対抗する能力がありました。
そのことはなぜか無用のものとして僕の意識の外に追い出されて、ずっと忘れていたのですが、モラル・ハラスメントを学習するうちに次第に思い出してきたのです。

どのように培われたかを書くのはなかなか大変なことなのですが、かいつまんで書けば小学生のときに一年間経験した、いわゆるブラック教師が支配するブラック学級での悲惨な経験によるものでした。



幼い頃に旧豊田市から、山間部の過疎地にある父の実家に引っ越した僕は、どの学年も5人以下という少人数の小学校に通いました。
そのような環境下ではそもそも教師の力が絶対となりますが、よりによってある年は大変なブラック教師が僕らの担任となったのです。
僕一人が、ではなく、学級の子どもたち全員が、その教師からの肉体的な暴力のみならず、特に心理的な暴力に毎日怯えていました。
どんな目に遭ったかはここでは書きませんが、毎日が担任教師によるモラル・ハラスメントの日々でした。

周りの先生たちがなぜそれを放置していたのかは、まだ幼かった僕にはわかりません。
はっきり覚えていることは、僕たちは家でそのことを話さなかったことです。
なぜ他の子どもたちの家のことまでわかるかと言えば、そのブラック教師に文句を言った親は一人もおらず、PTAなどで問題視されたことが一切無かったからです。

他の子どもたちがどういう気持ちで親に話さなかったのかはわかりませんが、僕自身は、教師がブラックであるという非常識な説明をする力など今の自分には無い、ということを何となくわかっていたことに加えて、家族が心配するから言わなかったように思います。
(この心理は、いじめが原因で自殺する子どもによく見られるそうです。
唯一安心できる場所である自分の家を、いじめられていると家族に相談することで乱したくないから、大好きな家族を自分のことで悲しませたくないから、だと言います。
その根底には教師や友達が見て見ぬ振りをして助けてくれないし、親を巻きこんだとしてもどうにもならないという絶望感があります。ならば、最初から親を巻きこまず自分がひたすら我慢すれば良いのだという思いがあります。

友達が見て見ぬ振りをするのは、いじめから助けようとすることは次のいじめのターゲットに名乗りをあげることと同じであるからで、それをいじめられている子も知っているから、友達には期待はしなくなります。

こうなると頼れるのは毎日一緒にいる教師たちなのですが、過酷な状況下にいる子どもの観察力はかなり鋭いのでその教師が自分を助けてくれないと感じたら無駄なことはせず見切るでしょう。僕らのケースでは加害者が教師本人でしたから、そもそも何ともなりませんでしたけど。)



不思議なことに一年が経過し僕らが上の学年になって担任が代わると、ブラック教師のことはすっかり忘れてしまいました。
でも今思えば無意識で忘れるように、忘れるように、してきたのだと思います。
その代わり、大人に対する不信感が僕の心の奥底に長い間ありました。



その後。

ブラック教師の呪縛から逃れた年。
僕らの学校は、この年から数年後に開催されることになったある全国的な教育研究大会のモデル校のひとつになることになり、そのためのトレーニングが始まりました。
そしてそれに合わせてか、教師が大幅に入れ替わりました。

山間部のかなり少ない人数の学校において、子どもたちの個性を尊重した教育や民主的な学級づくりにどう取り組むか、というようなことがテーマとして掲げられて、僕らに対して数々の実験のようなことがなされました。
そしてその多くは、当時としてはかなり先進的な取り組みでした。

ブレインストーミングで話し合いをしたり、各自が通年で自分の取り組む学習テーマを決めて何をして過ごしても良い時間が週に1時間あったり、とにかくたくさん文章を書いたり。

特に子どもたち同士の話し合い能力の開発にはかなり時間を割いていた記憶があります。
とはいえ一学年に5人もいない学校ですから、同学年や前後の学年のみならず、全校生徒での話し合いも頻繁に行いました。
全校生徒を合わせても街の学校の一学年に満たないのですから。


なんだ、良い学校になったじゃないか、と思われましたか?

僕はそうは思いませんでした。
ブラック教師のときとはまた違った苦痛を感じていました。

僕は周りの教師を見て、この人たちは僕らのためにやっているのではなく自分たちのためにやっている、ということをヒシヒシと感じて、実験に用いられるモルモットのようにされていることに傷ついていました。

黒板に書かれた今日の日にちは、資料ビデオ撮影用に都合の良い日に書き換えらることなど日常茶飯事でした。

僕らの行動は一挙手一投足、朝から晩まですべてチェックされていました。
掲げた理想から外れていないか、外れたならなぜなのかを緻密に調べて対処するためだったようです。

職員会議中に教師に用事がありうっかり職員室の扉を開けようとしたら、教師全員で子ども一人一人について順番に議題に上げられていました。
人数がたくさんいる学校では考えられませんが少ない学校では可能なのです。
担任、副担任以外の教師も、僕らの全てを知っていました。
うっかり、置き忘れられていた子どもの名前が書かれた変なカルテ、のような物を見てしまったこともありました。
そこには僕の日常の振る舞いについて細かく書かれており、来たる研究大会に向けて僕をどんな子どもに仕上げるか、ということが書かれた書類のようでした。

ゆっくり息を吸う暇も無いと感じました。
自由のようで自由ではありませんでした。
自由にして良いと言いながら、教師たちの思い描く理想像から外れることは許されない重苦しい雰囲気がありました。
無言の圧力で、同質化を迫られているような気がしていました。

叱られることはグッと減りましたが、教師たちの笑顔が本物に思えず、不気味に感じました。
ブラック教師とはまた違った妙な圧力が、僕らを取り巻く空気に蔓延していました。


よその小学校を羨ましく思いました。
たとえばブレインストーミングという言葉すら知らない彼らは僕らよりもかなり稚拙な感じがしましたが、でも、彼らのように大人の顔色を気にせず毎日を過ごしたいと思いました。




研究大会の当日の僕らの話し合いの議題は、全校生徒で飼育している金魚の名前を決めよう、でした。
司会は僕でした。

僕はその議題に反対しました。
金魚は何匹もいました。
そんなの決まるわけがありませんし、決まったら、変です。
大会当日は、全国からいらっしゃる数百人の先生方の視線に晒されながら、分刻みに組まれたプログラムをこなしていかねばなりませんから、年数をかけてそのたった1日のためにトレーニングをしてきたのです。
しかし、メインである話し合いの時間が、金魚の名前を決めるというバカな議題のせいで大失敗に終わるのは目に見えていました。

議題を変えたいという僕の希望は叶わず、とうとう当日がやってきてしまいました。
僕を含めた子どもたちは混乱していました。
なぜこんな話し合いをしなければいけないのか疑問に思いつつ、望まれているだろうトレーニングの成果を出さなければいけない。
たぶん皆がそう思っていました。

提案したくないのに提案者に任命されてしまった女の子が元気良く挙手をして、立ち上がりました。
司会の僕は発言を許可しました。
カメラのフラッシュが眩しく、照明が暑かったのことをよく覚えています。

「みんなで飼っている金魚たちですが、名前の呼び方が人によってバラバラです。同じ名前にした方が良いと思うので話し合いをしませんか。良ければまず私から提案します。黒くて二番目に小さい金魚の名前は・・・」


子どもたちにとって過酷で壮絶な話し合いが始まりました。
詳しく結果は書きませんが、特異な環境下で話をうまくまとめる力など、あのときの僕らにはありませんでした。
終了後、全国から集まった教師たちが無言かつ何とも言えないつまらなそうな表情で話し合いの行われた教室からゾロゾロと去っていく姿を覚えています。
担任や周りの教師は以後、この話し合いのことを子どもたちの前で一切触れませんでした。
そして僕はと言えば、この日を境にさらに大人が大嫌いになりました。
(議題は子どもたちが選んだことになっていたことを忘れずに記しておきます。)
救いは、祖父母と両親から愛情を注がれたことです。
おかげで自己肯定感を持つことができましたからとても感謝しています。



いなかとまちのくるま座ミーティングの前にアルプス子ども会について調べたとき、前述した二つの辛い記憶が突然フラッシュバックでよみがえりました。
たぶん無意識で比較しようとしたのだと思います。
そして思いました。
アルプス子ども会のような素晴らしい団体に出会えた子どもと親は幸せだと。
実際にくるま座ミーティングに参加して、アルプス子ども会代表の綾崎さんのお話を聞いて、その思いは確信に変わりました。

同時に、アルプス子ども会のような団体や素晴らしい教師に出会うことができない境遇にある子どもたちのことに思いを馳せました。

虐待を受けている子どもたち。
いじめられている子どもたち。



そういう子どもたちのために、コミュニティーが何をできるのかをずっと考えています。

コミュニティーと書きましたが、コミュニティーは、土地単位のコミュニティーに限るものではありません。
テーマコミュニティーであっても良いのです。
(くるま座ミーティングは行政側から提案される形ではありますが、テーマコミュニティーづくりの鏑矢のような存在なのかな、と思いました。)

昨秋、僕ら山里センチメンツが主催した【いじめとハラスメントをなくすために学び考える集い #1】は行政に頼らずに民間でテーマコミュニティーを作る試みでしたが、草の根過ぎて人を集めるための情報発信が極めて少なかったことと、テーマが重いことなどからかなり少ない人数での集まりとなりました。
予想よりも規模が小さくなり、自身の力不足にくじけそうになりましたが、今回くるま座ミーティングで学んだことを生かしつつ、こちらはこちらの持ち味を大事にして、地道にコツコツやっていきたいな、とあらためて思いました。

モラル・ハラスメントについて学ぶことはあらゆるいじめ、あらゆる差別、あらゆる虐待について学ぶことでもあります。
それらのことを学べば学ぶほど、加害行為と加害者の生育歴が密接に関わっていることを無視できなくなりました。

同時に、社会全体が被害者の救済にエネルギーを注ぐだけでなく、加害者を作り上げない=子どもを虐待やいじめから守り、幼い頃からまっとうな人権教育を施すことにエネルギーを注ぐ必要を痛感しました。
(ここまで読んで、特殊な家庭の問題をなぜ社会や地域でケアしなきゃならないのか、と考えた人は勉強不足です。
多くの人が自分の家庭はまともだと錯覚して思い込んでいますが、まともな家庭というのは実は少数派で2割にも満たないのですよ!僕もあなたもたぶん8割に属します!
虐待などの問題は、いわゆる普通の家庭の延長線上に存在するというのは世界の常識です!)

社会全体と書くと大げさに感じますが、各分野の専門家やNPOなどに属する精通者がバラバラに動くばかりでなくタスクフォースチームを(それも質の高いタスクフォースチームをたくさん)作ることは最優先されると思います。
そして従来は教育関係者や医療関係者、一部の先進的な親が学ぶものであった子どもの発達心理学と、人の一生に言及された生涯発達心理学がタスクフォースチームにより一般人向けにわかりやすく、そして正しく噛み砕かれて、書籍、インターネット、キャンペーン、イヴェント、心あるマスメディアによる情報伝達により国内に広めらるのが理想です。



さて、アルプス子ども会の綾崎さんから聞いたお話から思いついたことを、こうして何回かに分け記事として書いてきましたが、様々なことを考えるきっかけを与えてくださった綾崎さんに感謝します。

綾崎さんは、くるま座ミーティングの意見交換会の一部、二部ともご参加下さいましたが、僕は綾崎さんと次世代育成についての話をするチャンスをなんだかんだで逃してしまいました。
いつかどこかでゆっくりお話をお伺いできたら良いなと思います。


✳︎なお、記事中で紹介した書籍はアルプス子ども会とは関係がありません。あくまでも記事をかいている最中にたまたま思い出した本です。

































































































  


Posted by hyakuyobako