2015年08月31日 13:58

『山里耕縁会 ~子育ては一大イベント!? 子どもがいるって面白い!~』

カテゴリ:生涯発達心理学カテゴリ:日々のくらしカテゴリ:いなかとまちとカテゴリ:次世代教育




『山里耕縁会 ~子育ては一大イベント!? 子どもがいるって面白い!~』



☆自然豊かな山里で、子育て耕縁会(講演会)を企画しました。
皆様、お誘い合わせの上、お越しください。

なんでそうなの!
どうしてできないの!
口からとびでる 愛のムチ。
本当は いつも笑って過ごしたい。

だからちょっと集まって、
いろんな子育て聞いてみよう。
自分の思いも話しちゃおう!

つながることで 楽になる。
つながることで 笑顔になれる。 
「子どもがいるって 面白い!」

〈は〉ははは ( ´ ▽ ` )ノ
〈な〉なーんだ (^_^)
〈し〉しってよかった (≧∇≦)




日時:2015年9月30日(水) 
10:00~14:00 

場所: 敷島会館  多目的ホール  (杉本町奥西山49・旭地区) 0565-68-3100

内容:10:00~12:00 1部 講演会  ・・・けーちんの話、自然育児グループの活動紹介
    
12:00~12:45 お昼休憩    
※会場でお昼を食べられます。お弁当販売あり。※
   
    
12:45~14:00 2部 座談会  ・・・感想記入など含む

参加費:500円 (午前のみでも同じ)
 
お弁当:お昼のお弁当を予約販売します。(500円)   
申込時に「お弁当 希望」と伝えてください。
近くにお昼ご飯を購入する場所はありませんので、ご了承ください。

講師:鈴木桂子氏 (けーちん)
木のおもちゃ屋「バンビーナバンビーノ」店主(おもちゃコンサルタント)。
自然派育児サークル「おひさまクラブ」発起人、「とよたプレーパークの会」世話人、「豊田おやこ劇場」など、地域で子どもを見守り育てる活動に積極的に参加。また、環境&平和&衣食住について考え発信する会「グリーンママン」をママ友たちと結成するなど、愛知県豊田市で多方面で活躍中。女子中学生&高校生の現役母。
子育てや環境問題などの幅広い内容で講演多数。明るい人柄と分かりやすい話で人気を博している。
2015年に旭地区にて農家民泊『ちんちゃん亭』を始める。

申込み方法:以下の内容を記載の上、メールかfaxにて申込ください。
 ①お名前
 ②電話番号
 ③メール
 ④住所
 ⑤1部 or 2部 
 ⑥お子さん同伴の場合は人数と年齢 
 ⑦お弁当の注文有無

申込み・問い合わせ:おいでん・さんそんセンター( 担当 小黒 )  
メール  sanson-center@city.toyota.aichi.jp
℡0565-62-0610    
fax 0565-62-0614
 
   
主催:豊田市 おいでん・さんそんセンター 次世代育成部会
〒444-2424 豊田市足助町宮ノ後26-2 足助支所2階 
℡ 0565-62-0610

http://www.oiden-sanson.com/event/asahi/entry-517.html


チラシ(PDF)はこちらから。
https://www.dropbox.com/s/og36rioqkl8xjut/%E5%B1%B1%E9%87%8C%E5%AD%90%E8%82%B2%E3%81%A6%E8%AC%9B%E6%BC%94%E4%BC%9A.%E3%83%81%E3%83%A9%E3%82%B7docx.pdf?dl=0


























  

Posted by hyakuyobako

2015年08月28日 17:32

足助にて【いじめとハラスメントを語り考えるミーティング 2015】

【いじめとハラスメントを語り考えるミーティング 2015 足助】のお知らせ




Illustrated by 原明あさの HARAMYO Asano( http://art-watage.com/haramyo/




昨年に続いて、今年の秋も【いじめとハラスメントを語り学ぶミーティング】を豊田市の足助病院南棟講義室をお借りして開催します。
住んでいる地域に関係なくどなたでも参加できます。






◆日時
2015年10月30日 (金曜日) 10:00 ~12:00
(開場/受付 9:00 より)

◆ 場 所
足助病院 南棟 1F 講義室 〒444-2351 愛知県豊田市岩神町仲田 20 番地

◆ 主 催
山里センチメンツ
(代表 安藤 順)

◆ 協 力
三河中山間地域で安心して暮らし続けるための健康ネットワーク研究会
(会長 足助病院院長 早川富博氏)

◆参加費
資料代としておひとり100円

◆参加申し込み
下記のいずれかにメールを送って予約してください。
anti.moral.harassment.project@gmail.com
yamazatosentiments@gmail.com
(担当 安藤)
メールには、人数、お名前等をご記入ください。


*第二回目である今回は、豊田市青少年相談センター(パルクとよた)より講師をお招きし、本年4月に発表されたばかりの『豊田市いじめ防止基本方針』を、いじめの予防的アプローチのヒントにすべく皆で学びます。

また、大人のハラスメントや世代連鎖に関しては、ミーティングの冒頭に山里センチメンツスタッフが話をします。
最近のハラスメントやいじめに関する話題、田舎特有の同調圧力の話、少人数学級におけるいじめの話、企業内でのいわゆるパワーハラスメントにおけるホイッスルブロワーの話などをする予定です。

ミーティングの後半にはクエスチョンタイム、フリーディスカッションタイムも設けます。





みなさんはテーマ・コミュニティーという言葉をご存じですか?
ミーティングを開催する趣旨は、いじめとハラスメントをなくすことをテーマとしたテーマ・コミュニティーづくりです。

たとえば、あるまちにある自然豊かな山に、隣のまちの人やそのまた隣のまちの人、さらにはもっと遠くの人、そしてもちろん山があるまちに住む人が、草花や木々を観察しに頻繁に訪れていたとしましょう。
この人たちが何かのきっかけで知り合い、やがて定期的に集まって自然に関することを話したり協力して何かを新しく始めるようになれば、その山を中心としたテーマ・コミュニティーが産まれはじめます。


(昨年の学習会資料より)



交流人口という言葉があります。
定住人口はおわかりだと思います。
交流人口はいわゆるお客さんの人口(その土地に住んではいないが訪れる人の数)です。
テーマ・コミュニティーは、このどちらにも当てはまらない第三の人口=活動人口と言いかえることができます。

まちづくりにおいて、そのまちに住んでいる人たちだけでなく、まちに住んでいない人があるテーマに魅かれて集まって行動しても良いのです。
むしろ、少子高齢化で人口が激減していくことでまちづくりのための協同作業をする人手が無くなり、税収も目減りし行政でできることも限られてくる今後の日本においては、行動人口=テーマ・コミュニティーがたくさんできることは大いに歓迎すべきことだと思います。





私たちは、いじめとハラスメントをなくすことをテーマに、住んでいる場所を越えて集まって学び合う機会をつくりたいと考えました。
狭い地域でいじめをテーマに学習会を行うと、悪い側面として人づきあいのしがらみなどを考えてしまい少々窮屈なことがあるかもしれませんが、テーマ・コミュニティーの場合は地域や会社に所属していることから生じるしがらみ、年齢、役割から生じる主従関係はほとんど意味をなさないためリラックスして参加できるメリットがあります。

関心がある方はぜひご参加下さいね。
お知り合い、お友達にもこの情報をシェアしてください。






*この記事を書く際に参考にした本:
山崎 亮
コミュニティデザインの時代 - 自分たちで「まち」をつくる (中公新書)






















  


Posted by hyakuyobako

2015年08月28日 08:39

19人いるうちの16人

カテゴリ:日々のくらし


ひとつ前の記事
http://hyakuyobako.boo-log.com/e331794.html
にて『日本の一番長い日』という映画を取り上げましたが、今日の記事はあの映画を観た人向けの内容となります。^_^
あの映画を見たら、ピンときます。
(映像で見たから記事の内容をイメージしやすい。そういう意味で映画を観た人向け、なのです。もちろん映画を観ていない方も読んでいただきたいです。^_^)


戦争を終わらせようとする鈴木貫太郎内閣と一部の軍関係者。

国民の命を軽んじてひたすら国体護持にこだわった人たち、沖縄戦や原爆投下を経験しながら本土での決戦を望んだ人たち。

あの映画はその両方を描いていましたが・・・いまの日本は内閣そのものが後者の血をひく人たちで占められていると言っても過言ではなさそうです。
いや、血をひくと言っては失礼でしょう。
一緒にしてはいけない。
歪み方は比ではないと思います。

彼らは戦後は日陰で生きてきましたが、前者の考えを持つ勢力の力が弱まったことでバランスが崩れ、ついには後者が政権の座に就く事態に至りました。
しかしそれは、たまたまいわゆる右寄りの考えを持つ政治家がたまたま首相になれた、ということではなくて、バランスを崩そうとしていたいくつかの集団が長年暗躍してきた結果なのです。



以下の三つの集まりが子どもたちの未来を暗くしようとしている政権を支えているのは間違いありません。
こんな輩を相手に、僕ら一般市民はどう対抗したらよいのでしょうか?

とにかくまずは相手の正体を掴むことから始めなければ。



・神道政治連盟国会議員懇談会

・日本会議国会議員懇談会

・美しい日本の憲法をつくる国民の会/憲法改正を実現する1000万人ネットワーク



この三つの団体の名前をよく覚えておいて下さいね。
では、何がいけないのか、ということについて書かれた記事を転載します。

一つ目と二つ目は、神道政治連盟国会議員懇談会について。
三つ目は3団体すべてについて書かれています。





以下はリテラの記事から抜粋したもの。




在特会より危険!? 安倍内閣を支配する極右団体・神社本庁の本質
2014.10.18

 ネオナチ、在特会、統一教会……。安倍内閣の閣僚とカルト極右団体の関係が次々に明らかになっているが、実はこの内閣にはもっと強大で危険な極右団体がバックについている。

 その団体とは神社本庁だ。安倍内閣の19閣僚中なんと16人が神社本庁を母体とする政治団体「神道政治連盟国会議員懇談会」のメンバーであり、そして、安倍晋三首相はその神政連国議懇の会長をつとめているのだ。

 と聞いて、「神社本庁って神社の団体でしょ。最近、神社はパワースポットとして若い女性からも人気だし、どこが危険なの?」と疑問に思った読者もいるかもしれない。たしかに、神社本庁は全国約8万社の神社が加盟する組織で、その目的は「祭祀の振興と神社の興隆、日本の伝統と文化を守り伝えること」とされている。

 だが、その本当の目的を知ったら、「癒される〜」などといっていられなくなるはずだ。たとえば、神社本庁の政治団体「神道政治連盟」のHPをのぞくと、こんな主張や活動内容がでてくる。

 自主憲法の制定、靖国神社での国家儀礼の確立、道徳・宗教教育の推進、東京裁判と侵略戦争の否定、A級戦犯の擁護、夫婦別姓反対、ジェンダーフリー反対、皇室と日本の文化伝統の尊重……。

 もちろんこれくらいは、保守的な宗教団体の主張としては珍しくない。しかし、神社本庁の機関紙「神社新報」を見ていると、もっととんでもない主張がしばしば登場する。それは「祭政一致」だ。

 祭政一致とは、神道の祭り主である天皇が親政も行ない、国政上、政府はそれを輔弼する(進言する)役割にとどめるという、大日本帝国憲法で明文化されていたものだが、神社本庁はそれを復活すべきだというのである。

 たとえば、「神社新報」2008年10月27日付「憲法の基礎となる神道精神を考える」という記事のなかで神道政治連盟の田尾憲男・首席政策委員は憲法改正する目的として、こう力説している。

「そこで重要となるのが統治権の総攬者としての天皇の地位恢復。つまり、祭り主としての天皇陛下が国家統治者として仁政をおこなうとともに皇室祭祀を継承することで、表の政治機能と裏のお祭りが一体となって国が治まる。政治には党利党略や権謀術数がつきものだが、それを祭りの精神で正しい方向に導かなければならない。陛下にはそのお導きのお働きがある」

「陛下がご質問をされるだけで総理や大臣、政治家などに反省を促すことができる。政治家が陛下のお気持ちを重んじ、国民のために何がよいか党利党略を超えたところで考えるようにしなければならない。陛下は何が国民にとってよいか、あるいは皇祖皇宗がどういうことを期待しているのか、祭祀の中で神々と接して悟っていかれる。それが政治に反映され、党利党略や謀略に走りがちな政治を清らかなものに正していくという働きを陛下にしていただかないと真の精神復興はできない」
 祭り主としての天皇が政治における決定権を握る絶対君主制の復活……。この時代に信じがたい主張だが、「神社新報」はこれにともない、新憲法では軍の「統帥権」を天皇に帰属させるべきだという主張もたびたび行っている。

「統帥権」とは軍隊の最高指揮権のこと。大日本帝国憲法第11条には「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」とあり、天皇の統帥権が規定されていた。師団数や艦隊など軍の規模(兵力量)の決定も天皇に帰属していた。1930年、ロンドン海軍軍縮条約調印で時の浜口雄幸内閣は、条約に反対する海軍軍令部を押さえて調印したが、野党や軍部の強硬派、右翼団体などは天皇の統帥権を侵害した「統帥権干犯」だと激しく批判、浜口首相は国家主義者に銃撃されることになる(のちに死亡)。以後、政党政治は弱体化。また、軍部が「統帥権」を楯に政府を無視して“天皇の軍隊”として暴走を始めるきっかけになった。

 戦後は、自衛隊の最高指揮権は内閣総理大臣にある(自衛隊法7条)。これは、軍部が暴走した戦前の教訓から、国民により選出された国会議員より選ばれた内閣総理大臣によるシビリアン・コントロール(文民統制)といわれるものだ。しかし、神社本庁はこのシビリアンコントロールすらも否定するのである。

 そこには、祭政一致国家が突き進んだ太平洋戦争で、日本人だけでも330万人が犠牲になった反省はまったく感じられない。しかし、田尾首席政策委員は先の記事でこうした批判も次のように一蹴している。

「(こうした地位恢復は)皇室に対して却って迷惑ではないか、天皇が政治的に利用されるのではないか、軍部が台頭した戦前の失敗が繰返されるのではないか、などの危惧があるようだが、この考えこそ現憲法を作った占領軍の発想そのものであり、敵国の思想に基づく戦後教育の影響下で改憲を考えているということに過ぎない」

 こうしてみると、神社本庁の主張はほとんど右翼民族派のそれとかわりがない。いや、それ以上の極右ということがよくわかるだろう。しかし、それも当然だ。そもそも神社本庁という組織自体が祭政一致と対をなす「国家神道」復活を目的に作られた団体だからだ。

 国家神道というのは、いうまでもなく、日本の近代化にともなって推し進められた神道国教化政策のことだ。天皇にいっさいの価値をおくことで近代国家の統合をはかろうとした明治政府は、神道をその支配イデオロギーとして打ち出す。そして、そのために神社を国家管理の下におき、地域に根付いて多様なかたちをとっていた神社を伊勢神宮を頂点に序列化。民間の神社信仰を皇室神道に強引に結びつけ、天皇崇拝の国教に再編成していった。

 この国家神道から、国民には天皇への絶対的な忠誠が強要され、日本だけが他の国にはない神聖な国のあり方をもっているという「国体」という観念が生まれた。そして国体は八紘一宇という思想に発展し、侵略戦争を正当化していった。つまり、国家神道は「現人神」の天皇の下、軍国主義、国家主義と結びついて、第二次世界大戦へと突き進む思想的支柱だったのである。

  しかし、1945年、太平洋戦争で日本が敗戦すると、GHQは信教の自由の確立を要求。神道指令を発布し、国家と神社神道の完全な分離を命じた。神道を民間の一宗教法人として存続させることは認めたもののの、徹底した政教分離によって、国家神道を廃止させようとした。
 そこで、神社関係者が1947年に設立したのが宗教法人神社本庁だった。その目的は明らかに、国体と国家神道思想の温存にあった。宗教学の権威・村上重良はその著書『国家神道』(岩波新書)でこう書いている。

「神社本庁は、庁規に『神宮ハ神社ノ本宗トシ本庁之ヲ輔翼ス』(第六十一条)とかかげ、伊勢神宮を中心に、全神社が結集するという基本構想に立って設立された。これは、国家神道の延長線上で、神社神道を宗教として存続させようとするものであった」
「神社本庁の設立によって、国家神道時代の天皇中心の国体と神社の中央集権的編成は、形を変えただけで基本的存続することになった。」

 そして、1960年代に入ると、神社本庁は国家神道復活の動きを強め、1969年に神道政治連盟、1970年に神道政治連盟国会議員懇談会を設立する。村上は当時、こうした動きをこう批判している。

「しかも、反動勢力と結ぶ神社本庁の指導者層は、民主主義を敵視して時代錯誤の国家神道復活を呼びかけ、この主張を、傘下の七万八千余の神社に上から押しつけることによって、神社神道が、みずからの手で自己を変革する可能性を封殺しているのである。」

 もっとも、こうした時代錯誤の狂信的な思想も一宗教団体が掲げているだけなら、それをとやかくいうつもりはない。だが、この思想は確実に自民党の国会議員を動かし、現実の政策に着々と反映されてきているのだ。

「神政連が国議懇と連携して進めた運動の成果には元号法制化、国旗国歌法や『昭和の日』の制定(略)皇室典範改悪や夫婦別姓法案の阻止などがある」(「戦後の神社・神道  歴史と課題」神社本庁総合研究所監修/神社新報創刊六十周年記念出版委員会/神社新報社)

 2000年には森喜朗首相(当時)が「日本は天皇を中心としている神の国」という「神の国」発言で物議をかもしたことがあったが、この発言は神道政治連盟国議懇の設立三十周年記念祝賀会での挨拶だった。

 そして、冒頭でも述べたように、安倍内閣では19閣僚中16人が神政連国議懇のメンバーで占められ、その政策はほとんどが、神社本庁=神道政治連盟が掲げる政治目標と見事にシンクロしている。自主憲法の制定、国軍の創設、靖国神社での国家儀礼の確立、道徳・宗教教育の推進、東京裁判と侵略戦争の否定、A級戦犯の擁護、夫婦別姓反対……。さらに、山谷えり子拉致問題担当相、有村治子女性活躍担当相というゴリゴリの保守思想で話題になった2人は、神社本庁がたてた候補者といっていいほど、同団体と密接な連携をしている。

 今、我々が真に問題にすべきなのは、在特会やネオナチといったそう大きな影響力のないカルト団体との関係ではなく、日本最大の信者数9125万人を誇り、社会的にも完全に認知されている神社本庁と政権の一体化、そして、この宗教団体がもつ本質のほうではないか。

 断っておくが、この団体がもっている思想は、日本古来の伝統や神社信仰とはまったく異なるものだ。むしろ、神社本庁は神道が古来より大切にしてきた信仰を踏みにじるような行為も平気でやっている。次回の原稿ではそのことを検証してみたい。
(エンジョウトオル)



次もリテラの記事より。
上記の続きです。
*亡くなってしまった宮司のくだりは残念ながら憶測で書かれている箇所がありますので、注意して読んでください。


【安倍内閣を牛耳る神社本庁の正体 第2弾】
神社本庁が安倍の地元で鎮守の森を原発に売り飛ばし!反対する宮司を追放


 前回の記事で、安倍内閣の19閣僚中16人が神社本庁の政治団体「神道政治連盟国会議員懇談会」(神政連国議懇)のメンバーであること、そして神社本庁が国家神道復活をもくろむ危険な思想の団体であることを指摘した。その結果、本サイトには案の定、「キチガイサヨクが神社まで批判している」「神社本庁を極右とか、煽りがひどすぎる」「日本の古からの伝統を守る団体を批判するのは日本人じゃない」といった批判が殺到している。

 おそらく、神政連国議懇の会長をつとめる安倍晋三首相や、神社本庁が組織をあげて支援する山谷えり子拉致問題担当相、有村治子女性活躍担当相も同じような主張をするのだろう。「神社本庁は神道を通じて日本の伝統と文化を守り伝える団体」「神道政治連盟の目的は、悠久の歴史がはぐくんだ神道精神を政治に活かし、日本らしさを取り戻すことにある」とかなんとか。

 そういうインチキをふりまく連中のために、今回は、神社本庁が引き起こしたある事件を紹介しよう。この事実を知れば、神社本庁が伝統を守り伝えるどころか、逆に悠久の歴史が育んだ信仰を破壊する団体であることがよくわかるはずだ。

 事件の舞台は安倍首相の地元、山口県の南東部、室津半島の先端にある中国電力「上関原発」の計画地だ。上関原発といえば、1982年に建設計画が浮上して以降、30年にわたって激しい反対運動が展開されてきたことで知られている。全国でも珍しい持続的な運動と、福島原発事故を受けた民主党政権の判断で現在は建設計画が中断しているが、この原発建設予定地は「四代正八幡宮」という神社の土地が2割を占めていた。

 四代正八幡宮は由緒正しい神社で、周囲には、縄文時代からの鎮守の森が広がっている。また、八幡宮の眼下の入り江一帯は世界的に珍しい貝類が生息し、日本生態学会も調査に入るなど、自然の宝庫として注目を集めている。

 ところが、その森に、上関原発の第一号炉の炉心、発電タービン建屋を建設する計画がたてられ、98年から神社側に土地の買収が働きかけられるようになったのだ。

 しかし、当時の八幡神社宮司・林春彦は土地の売却を認めなかった。当然だろう。そもそも神社本庁憲章第十条には「境内地、社有地、施設、宝物、由緒に関はる物等は、確実に管理し、みだりに処分しないこと」という規定があり、神社の土地は売却できないことになっている。これは、一木一草に神が宿っているとする古代からの神道の考え方からくるもので、神社の森は鎮守の森、神の棲む森とされ、各神社はそれを守ることが固く義務づけられてきた。
 ところが、中国電力は計画を変更しようとはせず、県知事や政治家、さらには神社本庁に働きかけ、林宮司に売却を認めさせるよう圧力をかけ始める。
 
 だが、林宮司は頑として首をたてにふらなかった。林宮司は当時、「現代農業」(農山漁村文化協会)2002年5月増刊号に「人間・自然破壊の原発に神の地は売らず 神社、鎮守の森の永遠は村落の永続」と題して、こんな手記を発表している。

「原発立地の焦点となっている神社地は、そもそも四代地区の祖先の人びとの辛苦によって、神社永続のための基本財産として確保されたのである。神社地が、地域の人びとによって八幡山と愛称されてきたゆえんであろう。そもそも、このような歴史的由来をもつ神社地を現代に生きる者たちの短絡的な経済的利益によって売却できるはずがない」
「鎮守の森や神社地なるものは、その根本の理念にかんがみても、現代に生きる者たちのために存在するのでなく、遠い先祖より受け継ぎ、未来の子々孫々に伝えゆくべきものなのである」

 まさに、古よりの信仰を守る神職としては正当な姿勢である。ところが、驚いたことに、八幡神社を統括する山口県神社庁、そしてその上部団体である神社本庁はまったく逆で、土地売却に向け動き始めたのだ。その理念からいえば、林宮司をバックアップすべき神道団体が、中国電力や当時の自民党政権と裏で手を組み、反対する林宮司を追放すべく、さまざまな圧力、嫌がらせを始めたのである。林宮司は同手記でこう証言している。

「一年一度の大祭である秋祭りに、副庁長(山口県神社庁)の立場にある神職が、羽織・袴といった大仰ないでたちで、予告もなしに祭りの始まる直前に乗り込んできて祭祀を妨害するという異常事態まで出来しているのである。これは、神社二千年の歴史に未曾有のことであろう。神社土地売却に同意しないために、神社本庁(東京都渋谷区代々木)の代表役員らによって、当職の解任があらゆる手段を用いて画策されているが、副庁長による、このような秋祭りの妨害もその一環である」

 そして、嫌がらせと圧力を続ける神社本庁にこう警告を発した。

「法律上の最高権限をもつ神社庁の代表役員が神社地の売却の承認をすることにでもなれば、それは自らが制定した法規を自分の手で破壊することであり、神社本庁自体の瓦解を意味しよう」

 しかし、神社本庁はそれでも神社地を売却しようと強行手段に出る。林宮司に対して「解任辞令」を出し、代わりに原発容認派の宮司を就任させたのである。そして、この新しい宮司が財産処分承認申請書を提出すると、04年8月20日、神社本庁は「山口県上関町・八幡宮所有地の上関原発建設用地への財産処分承認申請書に対する承認の可否」という文書を発表し、「結論 本件は、万已を得ない事情があると判断し、承認とする。」とした。

 この発表文書には、「尚、本件の承認は、他の神社の財産処分にかかる全ての案件に影響を及ぼすものではなく、あくまでも個別に判断したことを茲に申し添へる」という付言があり、いかにこの決定が特例だったかがうかがえる。この決定に際し、自民党政権からの働きかけがあったのは確実で、山口県を地元とし、神社本庁に深くコミットする安倍首相もキーマンのひとりではないかといわれている。
 しかも、林宮司の解任をめぐっては、不可解な事件が起きている。解任の少し前に神社本庁に林宮司のニセの退職願が提出され、その結果、林宮司は退職に追い込まれたのだ。林宮司は06年、山口県神社庁を相手に文書の偽造、違法手続があったとして裁判を起こしたが、裁判の途中の07年3月、突然倒れて帰らぬ人となった。

 原因は心労が重なったためといわれているが、一方で、この問題をルポした『真説 日本の正体 封印された謀略の裏面史を紐解く』(高橋五郎・小池壮彦/学研パブリッシング)
は林宮司の死について「裁判で事実が明るみに出ると困る連中が何らかの手を下したという風評もある」という物騒な指摘をしている。

 裁判はその後、林宮司の弟に引き継がれたが、09年の一審、翌年の二審で退職願が偽造であることは認められたものの、山口県神社庁の偽造への関与は否定された。

 以上が事件の概要だが、どうだろう。これでも神社本庁は日本の歴史と伝統を守り伝える団体といえるのだろうか。彼らはホームページや広報物では「古よりの信仰、伝統を守り伝える」「鎮守の森に代表される自然を守る」などと美辞麗句を並べ立てているが、実際には古からの信仰を守ろうとした宮司を追放し、神が棲む森を原発に差し出した。これはまさに、神社本庁による「神殺し」といってもいい暴挙ではないか。

 だが、神社本庁という組織の本質を考えれば、こうした行動はそう不思議なことではない。前回も指摘したように、神社本庁は神社信仰を広める団体ではなく、国家神道を復活させるための団体だからだ。
 
 実は、100年ちょっと前、明治政府がその国家神道を国民に強制していく過程で、まさにこの上関と同じようなことが起きている。

 日本の神社信仰はもともと「神道」という形でひとつにまとめられるようなものではなく、それぞれの地域によって多様なかたちをもっていた。大木や巨石など自然物をご神体とする神社も多かったし、その村固有の祖先を祀る祠、民衆が安寧やご利益を祈るための神社、また八坂神社や稲荷神社のように大きな神社でも天皇崇敬と関係のない神社もけっこうあった。

 ところが、明治政府が近代国家の支配イデオロギーとして「国家神道」を打ち出すと、こうした多様な信仰がすべて皇室神道、天皇崇敬と結びつけられ、伊勢神宮を頂点にして序列化されていく。

 そして登場したのが「神社合祀」という命令だった。神社合祀は、序列の低い小さな神社を廃止して、大きな神社にまとめていくという政策だが、これによって、それまでその地域の人たちが大切にしていた小さな祠や社が取り壊され、鎮守の森が切り開かれ、ご神体とあおがれていた『となりのトトロ』に出てくるような大木が次々と切り倒されていったのである。
 ちなみに、この「神社合祀」に対して激烈な反対運動を展開したのが、天皇へのご進講も果たしたことのある高名な博物学者の南方熊楠で、南方は合祀を進める県職員に「神罰が下るぞ」と殴り込みをかけて逮捕されている。

 南方の怒りは当然で、それがどんな小さな祠であっても、当時は地域で暮らす人々にとって精神のよりどころであり、そこにある石や木や森が自然への畏敬や敬神崇祖の思いをつくりだしてきた。それをいきなり人と土地を切り離し、神が宿る自然を壊すというのは、許されざる行為だったのである。

 しかし、国家神道を推し進める者たちにとってはそんな民衆の思いなどはどうでもいいことだった。国家神道というのは宗教ではなく、「神」よりもまず「国家」なのだ。「神」、もっといえば「皇室」さえも、為政者が国民を支配し、国を強化していくためのツールにすぎなかった。
 
 そして、この体質は今も神社本庁に脈々と受け継がれている。だからこそ「国家」や「自民党の政治家」からの求めに応じて、神々が棲んでいるはずの縄文の森を平気で原発に売り飛ばすことができるのだ。

 しかも、この団体は今、自分たちの息のかかった政治家を大量に政権に送り込み、再び日本人が国家のために命を投げ出す政策を着々と推し進めている。国力増強のために自然や人々の暮らしを平気でふみにじる政策を次々実現しようとしている。
 
 そういう意味では、上関の危機もけっして去ったわけではない。原発の建設計画は今のところまだ中断したままになっているが、原発再稼働を進める安倍政権が神社本庁とともに再び“神殺し”を始める可能性は十分ある。

 日本の「歴史」や「伝統」を愛し、日本人としての「誇り」をもちたいと考えるのは当然のことだ。だが、伝統や歴史というのはたかだか100年ちょっとのフィクショナルなイデオロギーのことではないはずだ。安倍首相や右派メディアが叫ぶ浅薄な言葉に熱狂する前に、もう一度、その本当の意味を考えてみてほしい。
(エンジョウトオル)




次は、高野孟のTHE JOURNALの記事より一部を抜粋したものです。


自民党若手の勉強会「文化芸術懇話会」で、講師の作家=百田尚樹とメンバーの議員らが繰り広げた野卑としか言いようのない暴言の数々が、安倍政権の支持率を少なくとも5%下げるのに貢献した。

安倍応援団を自認するこうした人たちが驕り高ぶって、内輪で幼稚なはしゃぎに溺れ、結果的に政権を傷つけるという、政権末期にありがちな有様である。

この文化芸術とはおよそほど遠い勉強会には、2~3回生を中心に37人が参加しており、その特徴は、(1) 内閣官房副長官の加藤勝信と自民党総裁特別補佐の萩生田光一の安倍超側近の2人が顧問格というか実質的なリーダーである、(2) 20人(54%)が細田派である、(3) 32人(87%)が「神道政治連盟国会議員懇談会」の会員である――ことにある。
〜中略〜
神道政治連盟は、神社本庁が1969年に組織した右翼的な政治団体で、皇室と日本文化の尊重、新憲法制定、靖国神社の国家儀礼確立、道徳・宗教教育の推進、夫婦別姓反対、祝日の国旗掲揚などを議員に働きかけていくことを主な活動としている。現在の会長は長曽我部延昭(愛媛県=伊豫豆比古命神社宮司)である。

47都道府県に地方本部を持って、趣旨に賛同する地元の国会議員を応援し選挙の集票にも一定の力を発揮するため、6月現在、衆議院議員220人(亀井静香、平沼赳夫を例外としてすべて自民党で、自民党衆院議員の75%を占める)、参議院議員80人(同87%)が「神道政治連盟国会議員懇談会」に参加している。

同懇談会の会長は安倍晋三である。神社本庁は参院比例全国区では、山谷えり子=拉致問題担当大臣と有村治子=少子化担当大臣を推しており、この2人が神道政治連盟のアイドル的存在である。

さて、文化芸術懇話会の後見役である加藤官房副長官と代表の木原稔=前自民党青年局長のほか主に3回生以上の数名は、「日本会議国会議員懇談会」の会員でもある。

「日本会議」 宗教色の強い政治運動団体

日本会議とは、1978年に石田和外=元最高裁長官の呼びかけで発足した「元号法制化実現国民会議」を衣替えして81年に発足した右翼的な学者・文化人・経営者中心の「日本を守る国民会議」が、1974年に生長の家の創始者=谷口雅春ら新宗教・神道系の宗教団体中心の「日本を守る会」と合同して、97年に発足した最も包括的な右翼的政治運動団体である。

目指すところは、神道政治連盟とほとんど重なっていて、現在の名誉会長は三好達=最高裁長官、会長は田久保忠衛=杏林大学名誉教授、副会長は田中恒清=神社本庁総長、安西愛子=声楽家ほか2人。

代表委員42人のうち神道系・仏教系・新宗教系など宗教団体代表が16人を占めており、その中には神道政治連盟の長曽我部会長も含まれている。

神道政治連盟と日本会議は直結している訳ではないが、前者が選挙応援団体というレベルであるのに対し、後者ははっきりとした右翼イデオロギーを掲げた国民運動団体であり、その組織の中枢を握っているのは70年代の民族派学生運動にルーツを持つ右翼団体の「日本青年協議会」である。

この日本会議の政界とのパイプが「日本会議国会議員懇談会」で、その役員や会員の名簿はウェブ等で公開されていないが、ウィキペディア等によると14年時点で自民党を中心に民主党と次世代の党の数名を含めて289人の国会議員が参加している。

文化芸術懇話会代表の木原が地元=熊本で度々講演に招いたりして密接な関係にあるのは、「日本会議熊本支部」理事長での多久善郎で、彼は日本会議の事務局を仕切る右翼団体=日本青年協議会の元理事長である。

また、その勉強会で「沖縄の新聞は左翼に乗っ取られている」などと暴言を吐いた長尾敬は「日本青年協議会のメンバーであった」と自ら明かしている。事ほど左様に、神道政治連盟と日本会議はクロスオーバーしている。
前述の両組織と安倍内閣の閣僚、官邸の政治家スタッフ、副大臣との関係を調べると、これはなかなかビックリする。

閣僚20人のうち公明党の太田国交相を除く19人の全員が神道政治連盟議懇の会員で、15人=約8割が日本会議議懇の会員であるだけでなく、副会長(安倍)、特別顧問・前会長(麻生)、幹事長(下村)、副会長3人(中谷、菅、石破)の6人が要職にある。

官邸を取り仕切る政治家出身の副長官と補佐官の5人は、100%が神道政治連盟、2人が日本会議である(但し、日本会議議懇の完全な名簿が入手できなかったので、確認されうる限り)。

副大臣では、公明党を除いた6割が神道政治連盟、45%が日本会議である(同上)。日本会議広島のWebサイトが「安倍内閣は『日本会議内閣』といっても過言ではない」と自慢しているのは本当である。
日本会議はいくつものフロント団体を組織して各分野の運動を繰り広げていて、その1つが「美しい日本の憲法をつくる国民の会/憲法改正を実現する1000万人ネットワーク」である。

共同代表は、桜井よし子と、日本会議の中心幹部である三好達と田久保忠衛の3人。

代表発起人は39人で、青山繁晴、呉善花、葛西敬之、長谷川三千子、百田尚樹、舞の海など多彩で、その中には長尾一紘=中央大学名誉教授と西修=駒沢大学名誉教授も入っている。幹事長は百地章=日本大学教授、事務総長は打田文博=神道政治連盟幹事長、事務局長は椛島有三=日本会議事務総長である。

日本会議、神道政治連盟、美しい憲法の会がボテボテに重なり合っていることが分かる。

で、面白いことに、6月10日の衆院特別委員会で民主党の辻元清美が菅官房長官に「まったく『違憲じゃない』という著名な憲法学者もいっぱいいる」と言ったが具体的に『いっぱい』名前をあげてください」と攻めて、菅が何とか名前を挙げることが出来たのが、この美しい憲法の会の代表発起人の長尾と西、それに幹事長の百地だった。

文化芸術懇話会が講師に呼んだ百田も「美しい憲法の会」の代表発起人である。お粗末としか言いようがない人材の枯渇で、この政権が余りに狭小なお仲間内で切り盛りされていることが改めて浮き彫りになった。

安倍や菅は、このような右翼偏向も著しい組織や人脈の、一見すると重層的ではあるけれども、実はごく少数の同じような人たちがあちこちで立ち回っているだけの卑小なサークルに取り囲まれていて、そのすぐ向こうに大きく広がる国民世論の動きが見えずに“裸の王様”状態に陥りつつある。安倍の右翼人脈が自家中毒を起こしている。

























































  

Posted by hyakuyobako

2015年08月25日 22:34

日本のいちばん長い日

カテゴリ:日々のくらし




先日、山崎努、役所広司、本木雅弘、松阪桃李らが出演している『日本のいちばん長い日』という映画を観ました。

スクリーンに映し出されるのは、太平洋戦争が終戦に至るまでの数日間。
しかしこの映画は、登場人物たちがなぜそういう考え方をするのか、なぜそういう行動をとるのか、ということについて、過去に翻っての詳しい説明はほとんどなされません。
役者のセリフと演技が全てです。

登場人物たちについて知識が無くても映画は見られますが、観終わったあとには調べてみよう、という気持ちが沸き起こります。
それがこの映画の狙いのひとつなのかもしれません。


ソ連とアメリカの2国によって日本が分断されてしまうことを避けるためにも終戦を急いだ鈴木内閣。
山崎努が演じた鈴木貫太郎はとても飄々としていて良い味が出ていましたが、この内閣で戦争を終わらせる、と堅い決意を語るときの有無を言わせない鋭い雰囲気は流石でした。

本木雅弘は昭和天皇をきっちり演じきっていました。真摯に役作りに取り組む彼からはいつも清々しさを感じます。

阿南惟幾という複雑な立場の軍人を演じた役所広司は、かなりの苦労されたのではと想像しました。
表情ひとつで深い意味が生まれてしまいますから、無心で淡々と演じざるを得なかったのではないでしょうか。

松阪桃李らが演じる本土決戦を望む若い将校らの暴走を抑えるべく苦心、苦悩したと言われる阿南惟幾ですが、無謀な戦争に突き進む陸軍の中枢に身を置き、若者を戦地に送り込んだ幹部の一人であることに変わりはなく、その最後は自ら命を絶つという悲しいものとなりました。

彼の自害のシーンは海外の観客には理解しがたいものでしょう。
もちろん我々だって同じなのですが。
死んでお詫び、とか、死んで誇りを保つ、とかいう日本の武士や軍人の独特の奇妙な考え方。
あらためて良くないと感じました。
自分の命を自ら消し去れるということは、他人の命もいざとなれば同じように消し去ることになっても仕方ないと考えている、ということになりはしないかと。

しかし最も憎むべき存在は、権力者です。
戦争を遂行するため天皇を不当に利用するのみならず、神道を悪用して、肉体は死んでも魂は神社に還り永遠となって祀られるとして、若者やその家族の死生観を麻痺させ戦地に送ることに躍起になった権力者たち。
自らは安全な場所で高みの見物を決め込み、国民には身を捧げろ、死んでも祖国を守れ、空気を読めよ、反逆者は許すな、と煽り立て、人々を不安に陥れてまともな思考ができないように追い詰め続けた権力者たち。

そんな卑劣な行為を当たり前のことだと教育されて大人になり、政治家となって再び行おうとしている子孫は誰か?

もう誰もが、認識していますよね。








































  

Posted by hyakuyobako

2015年08月25日 19:56

あかしゃえび

カテゴリ:いただきます






今年食べたお煎餅の中で一番美味しかったのは、これ。

西尾に住むおばが買ってきてくれたお土産です。








































  

Posted by hyakuyobako

2015年08月25日 07:52

海苔の巻き方についての考察

カテゴリ:いただきます




奥さん作。

"エッシャーの階段"を参考にしたのかも。^_^
























































  

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2015年08月23日 22:43

ジェノバ塩

カテゴリ:いただきます

ジェノバ塩。









下記の記事のおにぎりは、上のごはんの塩を使ったもの。
http://hyakuyobako.boo-log.com/e331416.html



↑これです、これ。
奥さん作。
海苔をうまいこと巻いてます。






































































  

Posted by hyakuyobako

2015年08月22日 22:06

阿闍梨餅

カテゴリ:いただきます



京都旅行に行った奥さんのお友だちからのお土産。

阿闍梨餅と書いて、あじゃりもち、と読みます。
これ、美味しいです。


昨年僕らも京都に何度か行きましたが、現地で勧められてお土産に買い求めました。
京都の方もよく召し上がるそうです。

http://www.ajyarimochi.com

































  

Posted by hyakuyobako

2015年08月22日 11:48

Yesterday's Brunch

カテゴリ:いただきます






朝食兼昼食にて、さばの塩焼きに冷奴、そして玄米ごはんのおにぎり。

いずれも奥さん作。
































































  

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2015年08月22日 09:37

鯖のマリネ など

カテゴリ:いただきます

鯖のマリネ


はまちの串焼き


かつおのたたき




あげニョッキとオリーブフリット


トマトとバジルの冷製生パスタ





いつでも寄れる場所、帰り道にこのお店はあるのですが今まで足を踏み入れたことがありませんでした。
昨夜はなぜか行ってみようと思い立ち、奥さんと一緒に。

こちらは和バルなのだそうです。

お魚のメニューが豊富で意表を突かれました。嬉しい誤算です。

お値段も嬉しいものでした。
食べログに主なメニューが書かれていたのでご覧ください。
メニューを見ればどんなお店が大体わかりますよね。
http://s.tabelog.com/aichi/A2305/A230501/23045011/dtlmenu/?menu_type=1

味つけはぼんやりしたものはなくメリハリがありお酒が進む感じ。
奥さんはちょうどよく、僕には少し濃いめな印象。
テーブル席はファミリーやお仲間と、カウンターで僕らみたいな二人連れやお一人様が、上の階は大勢の宴会にも使えるし、メニューを含めてすべてがとてもよく考えられたお店だな、という印象を持ちました。


残念ながらこの日は完売にて食べられなかったシイラ(ハワイなどではマヒマヒと呼ばれてますね)の塩麹漬け串焼きと、鳥軟骨のアーリオオーリオなど、次回はいただきたいと思います。
奥さんがいない日の夜はしばらくここに通うかも。^_^



























  


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