2015年03月02日 16:06

アルプス子ども会の存在を知って考えたこと、思い出したこと





何回かに分けて書いてきた記事の続きです。





その当時。

モラル・ハラスメントという言葉は、探しに探して、ようやく見つけた言葉=概念でした。

僕の血縁者が被害に遭っていたことがきっかけでした。



モラル・ハラスメントという言葉を知り、インターネットや専門書籍を用いて詳しいことを調べるようになったのはまだ東京に住んでいた2007年頃で、その後地元に帰ってはじめた地域貢献を目的とするプライヴェートヴォランティアサークル・山里センチメンツの活動の一環として専門家を招いての講演会を開催したり自主学習会を重ねるようになりました。

血縁者が抱えていたモラル・ハラスメント問題に解決の道筋がついた後も、僕が数年間に渡りこだわってモラル・ハラスメントを抑止しようと取り組んできたのには、つい最近まで自分自身がすっかり忘れていたある理由があったのです。




僕には子どもの頃に培われた、言葉や態度による目に見えない暴力や不穏な同調圧力をいち早く感じ取り、分析し、対抗する能力がありました。
そのことはなぜか無用のものとして僕の意識の外に追い出されて、ずっと忘れていたのですが、モラル・ハラスメントを学習するうちに次第に思い出してきたのです。

どのように培われたかを書くのはなかなか大変なことなのですが、かいつまんで書けば小学生のときに一年間経験した、いわゆるブラック教師が支配するブラック学級での悲惨な経験によるものでした。



幼い頃に旧豊田市から、山間部の過疎地にある父の実家に引っ越した僕は、どの学年も5人以下という少人数の小学校に通いました。
そのような環境下ではそもそも教師の力が絶対となりますが、よりによってある年は大変なブラック教師が僕らの担任となったのです。
僕一人が、ではなく、学級の子どもたち全員が、その教師からの肉体的な暴力のみならず、特に心理的な暴力に毎日怯えていました。
どんな目に遭ったかはここでは書きませんが、毎日が担任教師によるモラル・ハラスメントの日々でした。

周りの先生たちがなぜそれを放置していたのかは、まだ幼かった僕にはわかりません。
はっきり覚えていることは、僕たちは家でそのことを話さなかったことです。
なぜ他の子どもたちの家のことまでわかるかと言えば、そのブラック教師に文句を言った親は一人もおらず、PTAなどで問題視されたことが一切無かったからです。

他の子どもたちがどういう気持ちで親に話さなかったのかはわかりませんが、僕自身は、教師がブラックであるという非常識な説明をする力など今の自分には無い、ということを何となくわかっていたことに加えて、家族が心配するから言わなかったように思います。
(この心理は、いじめが原因で自殺する子どもによく見られるそうです。
唯一安心できる場所である自分の家を、いじめられていると家族に相談することで乱したくないから、大好きな家族を自分のことで悲しませたくないから、だと言います。
その根底には教師や友達が見て見ぬ振りをして助けてくれないし、親を巻きこんだとしてもどうにもならないという絶望感があります。ならば、最初から親を巻きこまず自分がひたすら我慢すれば良いのだという思いがあります。

友達が見て見ぬ振りをするのは、いじめから助けようとすることは次のいじめのターゲットに名乗りをあげることと同じであるからで、それをいじめられている子も知っているから、友達には期待はしなくなります。

こうなると頼れるのは毎日一緒にいる教師たちなのですが、過酷な状況下にいる子どもの観察力はかなり鋭いのでその教師が自分を助けてくれないと感じたら無駄なことはせず見切るでしょう。僕らのケースでは加害者が教師本人でしたから、そもそも何ともなりませんでしたけど。)



不思議なことに一年が経過し僕らが上の学年になって担任が代わると、ブラック教師のことはすっかり忘れてしまいました。
でも今思えば無意識で忘れるように、忘れるように、してきたのだと思います。
その代わり、大人に対する不信感が僕の心の奥底に長い間ありました。



その後。

ブラック教師の呪縛から逃れた年。
僕らの学校は、この年から数年後に開催されることになったある全国的な教育研究大会のモデル校のひとつになることになり、そのためのトレーニングが始まりました。
そしてそれに合わせてか、教師が大幅に入れ替わりました。

山間部のかなり少ない人数の学校において、子どもたちの個性を尊重した教育や民主的な学級づくりにどう取り組むか、というようなことがテーマとして掲げられて、僕らに対して数々の実験のようなことがなされました。
そしてその多くは、当時としてはかなり先進的な取り組みでした。

ブレインストーミングで話し合いをしたり、各自が通年で自分の取り組む学習テーマを決めて何をして過ごしても良い時間が週に1時間あったり、とにかくたくさん文章を書いたり。

特に子どもたち同士の話し合い能力の開発にはかなり時間を割いていた記憶があります。
とはいえ一学年に5人もいない学校ですから、同学年や前後の学年のみならず、全校生徒での話し合いも頻繁に行いました。
全校生徒を合わせても街の学校の一学年に満たないのですから。


なんだ、良い学校になったじゃないか、と思われましたか?

僕はそうは思いませんでした。
ブラック教師のときとはまた違った苦痛を感じていました。

僕は周りの教師を見て、この人たちは僕らのためにやっているのではなく自分たちのためにやっている、ということをヒシヒシと感じて、実験に用いられるモルモットのようにされていることに傷ついていました。

黒板に書かれた今日の日にちは、資料ビデオ撮影用に都合の良い日に書き換えらることなど日常茶飯事でした。

僕らの行動は一挙手一投足、朝から晩まですべてチェックされていました。
掲げた理想から外れていないか、外れたならなぜなのかを緻密に調べて対処するためだったようです。

職員会議中に教師に用事がありうっかり職員室の扉を開けようとしたら、教師全員で子ども一人一人について順番に議題に上げられていました。
人数がたくさんいる学校では考えられませんが少ない学校では可能なのです。
担任、副担任以外の教師も、僕らの全てを知っていました。
うっかり、置き忘れられていた子どもの名前が書かれた変なカルテ、のような物を見てしまったこともありました。
そこには僕の日常の振る舞いについて細かく書かれており、来たる研究大会に向けて僕をどんな子どもに仕上げるか、ということが書かれた書類のようでした。

ゆっくり息を吸う暇も無いと感じました。
自由のようで自由ではありませんでした。
自由にして良いと言いながら、教師たちの思い描く理想像から外れることは許されない重苦しい雰囲気がありました。
無言の圧力で、同質化を迫られているような気がしていました。

叱られることはグッと減りましたが、教師たちの笑顔が本物に思えず、不気味に感じました。
ブラック教師とはまた違った妙な圧力が、僕らを取り巻く空気に蔓延していました。


よその小学校を羨ましく思いました。
たとえばブレインストーミングという言葉すら知らない彼らは僕らよりもかなり稚拙な感じがしましたが、でも、彼らのように大人の顔色を気にせず毎日を過ごしたいと思いました。




研究大会の当日の僕らの話し合いの議題は、全校生徒で飼育している金魚の名前を決めよう、でした。
司会は僕でした。

僕はその議題に反対しました。
金魚は何匹もいました。
そんなの決まるわけがありませんし、決まったら、変です。
大会当日は、全国からいらっしゃる数百人の先生方の視線に晒されながら、分刻みに組まれたプログラムをこなしていかねばなりませんから、年数をかけてそのたった1日のためにトレーニングをしてきたのです。
しかし、メインである話し合いの時間が、金魚の名前を決めるというバカな議題のせいで大失敗に終わるのは目に見えていました。

議題を変えたいという僕の希望は叶わず、とうとう当日がやってきてしまいました。
僕を含めた子どもたちは混乱していました。
なぜこんな話し合いをしなければいけないのか疑問に思いつつ、望まれているだろうトレーニングの成果を出さなければいけない。
たぶん皆がそう思っていました。

提案したくないのに提案者に任命されてしまった女の子が元気良く挙手をして、立ち上がりました。
司会の僕は発言を許可しました。
カメラのフラッシュが眩しく、照明が暑かったのことをよく覚えています。

「みんなで飼っている金魚たちですが、名前の呼び方が人によってバラバラです。同じ名前にした方が良いと思うので話し合いをしませんか。良ければまず私から提案します。黒くて二番目に小さい金魚の名前は・・・」


子どもたちにとって過酷で壮絶な話し合いが始まりました。
詳しく結果は書きませんが、特異な環境下で話をうまくまとめる力など、あのときの僕らにはありませんでした。
終了後、全国から集まった教師たちが無言かつ何とも言えないつまらなそうな表情で話し合いの行われた教室からゾロゾロと去っていく姿を覚えています。
担任や周りの教師は以後、この話し合いのことを子どもたちの前で一切触れませんでした。
そして僕はと言えば、この日を境にさらに大人が大嫌いになりました。
(議題は子どもたちが選んだことになっていたことを忘れずに記しておきます。)
救いは、祖父母と両親から愛情を注がれたことです。
おかげで自己肯定感を持つことができましたからとても感謝しています。



いなかとまちのくるま座ミーティングの前にアルプス子ども会について調べたとき、前述した二つの辛い記憶が突然フラッシュバックでよみがえりました。
たぶん無意識で比較しようとしたのだと思います。
そして思いました。
アルプス子ども会のような素晴らしい団体に出会えた子どもと親は幸せだと。
実際にくるま座ミーティングに参加して、アルプス子ども会代表の綾崎さんのお話を聞いて、その思いは確信に変わりました。

同時に、アルプス子ども会のような団体や素晴らしい教師に出会うことができない境遇にある子どもたちのことに思いを馳せました。

虐待を受けている子どもたち。
いじめられている子どもたち。



そういう子どもたちのために、コミュニティーが何をできるのかをずっと考えています。

コミュニティーと書きましたが、コミュニティーは、土地単位のコミュニティーに限るものではありません。
テーマコミュニティーであっても良いのです。
(くるま座ミーティングは行政側から提案される形ではありますが、テーマコミュニティーづくりの鏑矢のような存在なのかな、と思いました。)

昨秋、僕ら山里センチメンツが主催した【いじめとハラスメントをなくすために学び考える集い #1】は行政に頼らずに民間でテーマコミュニティーを作る試みでしたが、草の根過ぎて人を集めるための情報発信が極めて少なかったことと、テーマが重いことなどからかなり少ない人数での集まりとなりました。
予想よりも規模が小さくなり、自身の力不足にくじけそうになりましたが、今回くるま座ミーティングで学んだことを生かしつつ、こちらはこちらの持ち味を大事にして、地道にコツコツやっていきたいな、とあらためて思いました。

モラル・ハラスメントについて学ぶことはあらゆるいじめ、あらゆる差別、あらゆる虐待について学ぶことでもあります。
それらのことを学べば学ぶほど、加害行為と加害者の生育歴が密接に関わっていることを無視できなくなりました。

同時に、社会全体が被害者の救済にエネルギーを注ぐだけでなく、加害者を作り上げない=子どもを虐待やいじめから守り、幼い頃からまっとうな人権教育を施すことにエネルギーを注ぐ必要を痛感しました。
(ここまで読んで、特殊な家庭の問題をなぜ社会や地域でケアしなきゃならないのか、と考えた人は勉強不足です。
多くの人が自分の家庭はまともだと錯覚して思い込んでいますが、まともな家庭というのは実は少数派で2割にも満たないのですよ!僕もあなたもたぶん8割に属します!
虐待などの問題は、いわゆる普通の家庭の延長線上に存在するというのは世界の常識です!)

社会全体と書くと大げさに感じますが、各分野の専門家やNPOなどに属する精通者がバラバラに動くばかりでなくタスクフォースチームを(それも質の高いタスクフォースチームをたくさん)作ることは最優先されると思います。
そして従来は教育関係者や医療関係者、一部の先進的な親が学ぶものであった子どもの発達心理学と、人の一生に言及された生涯発達心理学がタスクフォースチームにより一般人向けにわかりやすく、そして正しく噛み砕かれて、書籍、インターネット、キャンペーン、イヴェント、心あるマスメディアによる情報伝達により国内に広めらるのが理想です。



さて、アルプス子ども会の綾崎さんから聞いたお話から思いついたことを、こうして何回かに分け記事として書いてきましたが、様々なことを考えるきっかけを与えてくださった綾崎さんに感謝します。

綾崎さんは、くるま座ミーティングの意見交換会の一部、二部ともご参加下さいましたが、僕は綾崎さんと次世代育成についての話をするチャンスをなんだかんだで逃してしまいました。
いつかどこかでゆっくりお話をお伺いできたら良いなと思います。


✳︎なお、記事中で紹介した書籍はアルプス子ども会とは関係がありません。あくまでも記事をかいている最中にたまたま思い出した本です。




































































































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Posted by hyakuyobako