2015年04月14日 23:21

Reality





前々回の記事にて、豊田市いじめ防止基本方針が策定されたことに触れました。


隅から隅まで拝読しましたが、いじめをなくすために、教育機関と行政機関のみならず、すべての市民=豊田市全体で取り組みをしていこうという方針はたいへん素晴らしいと感じました。

と同時に、方針が目指す理想を実現するには、大勢の大人による凄まじい努力が必要であると感じました。

こども社会と大人社会を切り離したまま、こども社会のいじめのみにフォーカスして議論したり対策することは無意味です。
(こどもがこどもをいじめるのは未熟だからではありません。いじめをする子どもは大人からの影響でいじめをするのです。)

いじめられている子どもに対して大人たちから救いの手が差し伸べられたとしても、彼らがリアリティーを感じられなければ、その大人たちを頼りにすることはありません。

その手は空を切ることでしょう。



子ども社会のいじめをなくすためには、同時に大人社会を何とかしなくてはなりません。
それはたいへん難しいことですが、やらねばならないことなのです。

言っていることとやっていることが違う大人がかける言葉など、子どもは信用しません。
親からの心的虐待や肉体的虐待により、歪んだ価値観を持たざるを得なかった子どもならばなおさらです。

彼らがいじめをやめ、自己肯定感をベースにした本来の価値観を獲得するには、接する他者=大人たちが醸し出すリアリティーが不可欠です。

子どもは未熟だから子どもをいじめる・未熟だからいじめられる、という誤った認識を皆が捨て去る必要があります。
子どものいじめは、いじめをする大人の真似をする行為です。
いじめの加害者である子どもは、いじめをする大人の真似をせざるを得ない環境下に常に置かれている(置かれていた)可能性が高いです。
つまりいじめの加害者である子どもの多くは育児放棄やモラル・ハラスメントを含めた親からの虐待を受けている、ということを意味します。

自分の親が間違っているとは小さな子どもは考えられません。
たとえば、親から心的虐待=モラル・ハラスメントを繰り返し受けた子どもは、その行為を虐待だとは思わないようにして過ごします。
毎日、毎日、そのストレスに耐えている子どもからすれば、親からのモラル・ハラスメント行為はいじめではありません。
親のひどい仕打ちは、親が自分のために与える試練だと考えるしかないからです。
ゆえに、学校の仲間をいじめる行為は、仲間のために試練を与えている行為であると彼・彼女のこころの中で変換されてしまうこともありえるのです。
もしそれがいじめであると考えてしまったら、親が自分にする仕打ちもいじめだということになってしまうからです。
(この心理は、認知的不協和理論、という考え方にて説明が可能です。)








































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Posted by hyakuyobako