2015年10月15日 07:57

鈴木桂子さん×浅井智子さん トークセッション in 多治見 #3

鈴木桂子さん×浅井智子さん トークセッション in 多治見 人生を楽しむ達人♩スーパーママのぶっちゃけトーク 〜お母さんを楽しむヒントありマス。〜
についての記事を連載しています。






チビコーズ。



聞いたことあるような。

・・・

しかしそれは勘違いでした。



僕が名古屋や東日本のあちこちであんなことやこんなこと(?)をしていたとき、鈴木桂子さんは西町で古着屋チビコーズ(chibicos')をお友だちと切り盛りしていた。




先日多治見で開催された浅井智子さんとのトークセッションの冒頭の自己紹介で、桂子さんはチビコーズのことにサラリと触れました。
旭の敷島会館での耕縁会のときもサラリと。
サラリと話したのには訳があるでしょう。
なぜならきっとたぶん、チビコーズの話をするだけでもボリュームたっぷりの講演会が何度も開けちゃうだろうから!( ´ ▽ ` )ノ



鈴木桂子さんの原点であろうチビコーズを僕はまったく知らない。
あぁ、もったいないことをしたなあ、と思うのです。


チビコーズがオープンした年である1997年。
僕は転職を機に東京から久々に愛知に舞い戻り、名古屋は守山区の白山に住んでいました。

そこから稲武にほど近い山間部にある実家にはたまに行くけれど、チビコーズがあった豊田市駅前の西町界隈にはほとんど用事がなくて(その頃豊田の市街地に足を踏み入れるとすれば、ゴールデンウィークやお盆に旧知の友人たちと外でバーベキューするときぐらい)その存在を全く知りませんでした。

その後転勤にて守山を離れ再び東京へ引っ越してしまったから、チビコーズを立ち上げ、チビコーズの経営に桂子さんが関わっていた時代、チビコーズが存在した時代に僕はお店の前すら通っていないかもしれません。

今はと言えば、住んでいる家から西町は歩いていける距離にあり、チビコーズがあったと思われる場所のあたりも頻繁に歩いてます。
(当時のチビコーズが写っているお写真を拝見して建物の特徴を照らし合わせると、窓の周りのつくりの雰囲気からして、いまそこはカフェ&バーになっているのかなと思いました。そのカフェ&バーは三次会ぐらいの時間帯、つまりかなり遅い時間帯に何度か行きましたが、リラックスできる良いお店です。)

先日西町を歩いたとき、この界隈を当時の桂子さんはいろ〜んなことを思ったり考えたりしながら、こんな風に歩いていたんだよな、と思い、不思議な気がしました。

どういう人生を歩んだらああいう人になるのか?
智子さんにも言えることですけどね。
お二人とも素晴らしい人柄の持ち主です。
お二人とも"人間"が練られています。

ひとつまえの記事に、よく知らないのにあれこれ偉そうに書きましたが、あれを書いたときは睡魔が凄くて。

書かなきゃ

眠い

書くぞ

眠い

書きたい

眠い

眠い

眠い

やっぱ書く

眠い


こんな感じでした。( ´ ▽ ` )ノ

智子さんについてはまだしも、桂子さんについては寝ながら書いた、とも言えます。マジで。

翌日、書いたものを見て、何だこれは?と思ったのですが、これはこれで面白いかもと直さずそのままアップ。
投稿してから、あれ、最後まで書いてないや、と気づき、桂子さんはエスパー、と書いて締めくくりました。(−_−;)

いや、でも本当にそう思ったんですよ!
間違いなく彼女はエスパー。



彼女は、

僕の心を読む。

僕が聴きたい、知りたい、と思っていることを喋る。

僕が心の奥底にしまっていることを彼女は見抜く。

僕はついあれこれ喋らされてしまう。



どんなときにエスパー能力を使っているかと言えば、目と目があったとき。
笑顔でこちらを見てるとき。
目を合わせたが最後、彼女に読みとられてしまうのです。





たぶん彼女はもう知っています。

大学生のとき4年間やったアルバイト先の店長さんから、なあ、じゅんちゃん、お前はロクな社会人にならないぞ、かなり苦労するぞ、と言われたことや(−_−;)
社会人になって会社の部署の雰囲気にまったく馴染めず無断欠勤して朝から延々世田谷の公園のブランコを漕いでいたことや(その後、ちっ、一番いい新人を回せと言ったのに何だよ、という会話を聴いてしまったことや)(−_−;)
最初の結婚をやめる話をしていて家の中が氷河期みたいな日々が3ヶ月続いたことや(−_−;)独身に戻った開放感から、毎夜飲み歩いてお金をやたら使いまくったり(−_−;)何人かの女の子と同時期に重なってつきあってしまったり(−_−;)仕事で常識ではありえない卑劣な戦法でライバル会社を蹴散らそうとしたり(−_−;)とにかく無茶苦茶な暮らしをしていたことや(−_−;)その当時の僕はいまの僕とはまったく違う人物であることなど。



プレーパークに森のようちえん。

僕はそれらからもっとも遠いところにいましたから。
2009年に両親とも患ったのと再婚することにしたのを機に、東京を離れてこちらに戻りました。
チビコーズはその一年まえに歴史に幕を閉じたそうです。




































To be continued.























































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Posted by hyakuyobako