2016年02月08日 20:41

いま考えていること。





"僕が思うに、まず一部の教員による子どもたちへのモラル・ハラスメントを防止することが急務です。
仕事の現場でそういうシーンを見てしまうことが近年とても増えて驚愕しています。
またそういう経験を子ども時代にした大学生がゼミ合宿などで高原(僕の職場)にやってきますが、彼らの心が折れているのがわずかな時間のやりとりでも伝わってきます。
本当に痛々しいです。
体罰は防ぎやすいが心的虐待は防ぎにくく、加害者的行為をする側に自覚がない場合が多いです。
(もちろんそのためには先生同士のモラハラも防止せねばなりません。)
ここでオルヴェウスのいじめ防止プログラムにおける学校で働く大人から子どもへのいじめをいじめの定義に入れるセンスが必要になります。
それは決して大胆なセンスではなく、子どもの権利条約をベースに物事を考えたら当然獲得すべきセンスですが、残念ながら僕が住む豊田市を含めた日本の自治体のいじめ防止方針に著しく欠けています。
我々市民からの要望に加え、特に学校の校長先生ら管理職の方々や保護者が子どもの権利条約やCAPを真に理解してくださることで、定義は変化を余儀なくされ、子どもを取り巻く環境にごく自然に馴染むと思います。
それと、そもそもいじめの定義を軽視しないこと、反復継続性を定義から取り除かないことが日本の学校には求められていると思います。

子ども同士の陰湿ないじめについては、日本の学校の構造全体を変えない限り次々と生まれてしまうと感じます。
とはいえ少しでも早いうちに芽をつんで防止しようとするならば、いじめは見えにくいという常套句を封印し、子ども同士で育ち合う過程で生じる摩擦と、いわゆる"いじり"行為と、陰湿ないじめの3つは、例えるならお湯→水→氷みたいに形を変化する可能性があり、決して別物では無いと言うことを大人たちが再認識してつぶさに観察しなければならないと思います。
また、スクールカーストの構造についてよく学び対策を講じる必要があります。
いずれの場合も、制限を増やして監視するというやり方ではなく、子どもはより自由にしてあげて、大人の方がいじめ防止のスキルを上げる、というベクトルでやる必要があると感じます。
そして理想を言うならば、最善の教育を子どもに施すために先生方のコンディションを良くすべきで、そのための様々な措置をとることが必要だし、先生方も志を同じくする方々で力を合わせて、管理職にもっと意見を言うべきだと感じます。

自身の言動が相手を傷つけたか否かに気づけたり、人の多様性を認めあえる人間になるには、やはり子ども時代の遊び方が大事ですよね。
幼少期に遊びの中でまずは自分自身を見つめ、その後自分と外の世界をつなぐ、という行為=学び を自ら何度も何度も繰り返さないとなりません。
プレーパーク、森のようちえん、アルプス子ども会、イエナプラン etc。
形は違うけれど共通しているのは、子ども自身がより良くなろうとする力を信じて、子どもが真の学びをできるような環境づくりをしていることだと思います。
子どもにとって最善な教育環境は何かを、狭い視野で考えずに社会とリンクさせて考えれば自ずと出てくる最良の選択肢です。
そんな中、先日僕らが話を聴いたイエナプラン的な教育を公立学校に持ち込む試みは素晴らしい鏑矢だと感じました。
また、多治見市にあるちゃどかんやMiiは今までにない新たな潮流を生んでいると思います。"

http://www5a.biglobe.ne.jp/~with3/gyakutai/morahara/morahara.htm





















































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Posted by hyakuyobako