2017年01月23日 00:26

〜子どもに教えたい〜軍隊がない国 子どもたちが選挙に行く国 コスタリカのお話



(photo ©️カレン・オルセン・デ・フィゲーレス/足立力也さん提供)



「ママ、教えて。人殺しはいけないことだよね?だから戦争もいけないよね?戦争は軍隊がするんだよね?じゃあ、軍隊がなければ戦争しなくてすむんだよね?」

子どもからのこんな問いに、あなたは何と答えますか?


【〜子どもに教えたい 〜軍隊がない国 子どもたちが選挙に行く国 コスタリカのお話】


中米のグアテマラ、エルサルバドル、ニカラグアで同時に起こっていた内戦を止めたのは女性たちでした。
戦闘を指揮する男性リーダーたちを説得したのです。
女性たちの中心にいたのは軍隊を放棄した国コスタリカの元大統領の妻でした。

旭交流館で映画『カンタ!ティモール』を観てからさして間を置かずに、尾形慶子さんが岡崎で開催した足立さんのお話会でコスタリカの話を聴いた僕は、"ひゃくようばこ"主催の最初の大きな催しはこれだ!と思いました。

きたる2017年3月2日木曜日、13:30より、コスタリカ研究家の足立力也さんを豊田市の松平地区にあるマクロビレッジにお招きして、軍隊を放棄した国コスタリカのお話を聴く会を開催します。

コスタリカは軍隊がないだけではありません。
選挙と刑務所の在り方にもかなり驚かされます。
僕らが学ぶべきことがたくさんあります。

足立さんからのお話を聴いたあと、安藤さちこさんにご協力いただき「子どもたちを戦火にさらさないために自分たちは何をするか」とか「こんなことを疑問に思うのだが教えて」といった話をみんなで輪になってシェアしたいと思います。
ぜひご参加くださいね。

◯日時
2017年3月2日木曜日
開場 12:00、受付開始 12:30
講演 13:30〜15:00

◯場所
マクロビレッジ
(畳敷きの大広間 50人収容可)
住所:愛知県豊田市坂上町重石4
https://m.facebook.com/MacroVillage/
http://ameblo.jp/macro-village/


◯参加費:1,000円
(高校生以下は無料)

◯出店
・いとカフェ
・月の虹
・anam fair trade&natural (アナム)
・星降る森のスパイス屋さん ニランジャンのネパールキッチン
・さなぱん
など

◯申し込み先
Eメール
kodomosentiments@gmail.com


◯スケジュール詳細
12:00 開場しつつ準備スタート
(早く着いた方は持参したお弁当など食べて下さって構いません。)
12:30 受付開始
13:30〜15:00 講演とシェア会
16:00までに片付け完了

◯足立力也さんのホームページ
http://www.adachirikiya.com/

◯主催
ひゃくようばこ 
代表 安藤 順
hyakuyobako.boo-log.com

*僕のfacebookまたはブログにも本イベントの情報を更新していきますのでぜひご覧下さい。
*追記:
戦争は最大の人権侵害です。
軍隊は相手を殲滅(せんめつ)するのが目的だからです。(そこが警察との違いです。)

ですから『始まってしまったら、もう"終わり"なんだ』ということを想像できないならば、人権について学べていないこととイコールなのです。

始めないことに最大の力を注ぐべきなのは多くの人が同意すると思いますが、始めないために武器を捨てることに同意する人は少ないです。
しかし始めないためには、非武装、つまり武器を捨てるしかないのです。

武器を持っていなくたって戦争を始めることができます(例えば旅客機をハイジャックして原発に突っ込めば、人間を載せた核爆弾が出来上がります。)。
しかし武器があったら、いつまでもいつまでも戦争を続けられてしまいますよね。

武器を持っている限り、始まりは即座に終わりなのです。
繰り返します。
始まったらすぐに"終わり"ます。
"終わり"とは無数の死です。

わずかな(選ばれた)人を生かす方法を考えるなら武器を持つのもよいでしょう。
しかしたくさんの人を生かす方法を考えるならば、武器を捨てるべきです。

わずかな(自分が選ばれたと思い込んでいる)人は、自分の欲のために、ギリギリの瀬戸際まで事をすすめるでしょう。
だぶついた武器の在庫を使い切るために、戦争が始まり、戦争が続くよう仕掛けられた歪な歯車が、嫌な音を立てて動くことでしょう。

日本は既に瀬戸際です。

僕らの国はいま、戦争の支度をしています。
防衛や国際貢献や経済や研究というラベルが貼られていたとしても、それは戦争の支度に過ぎないのです。
ひゃくようばこは、非武装について考え学ぶ機会を提供するためにこのお話会を企画しました。




<ひゃくようばこ について〉

ひゃくようばこは、百の葉=百の言の葉に耳を澄まして子どもたちの人権を守る、というヴィジョンを現す名前です。
「子どもたちの力」になるために。子どもたちの人権・権利(条約)を守るアクションを、みんなの日常に落とし込むのがひゃくようばこ の使命の一つです。
お話会や読書会などを堅苦しくないスタイルで、何だかんだで100回ぐらい開催できたらいいな、と考えています。 
特に学びの場において子どもたちの人権が守られていないケースを危惧しており、権利に基づくアプローチ、権利基盤型アプローチ、人権アプローチなどと訳される、ライツ・ベースド・アプローチ(RBA)という手法を知り、現在学んでいます。

NGOなどで用いられる手法で、文京学院大学の甲斐田万智子教授によれば『子どもをエンパワーするだけでなく、子どもの権利を守る責任のある人の力を高め』、さらに『子ども自身が権利を持っていることを理解し、権利を侵害された場合に主張できる
ように支援する』ものであるためそのエッセンスを僕らの日常、社会に落とし込むことは充分可能であり、かつ極めて有効ではないかと考えます。 


ひゃくようばこ 
Director for Management  
安藤 順 (あんどう じゅん)  
 





『子どもたちの百の言葉』

子どもには 百とおりある。

子どもには 百のことば 
百の手 百の考え 百の考え方 遊び方や話し方
いつでも 
百の聞き方 驚き方、愛し方 
歌ったり、理解するのに 百の喜び
発見するのに 百の世界 
発明するのに 百の世界
夢見るのに 百の世界がある。

子どもには 百のことばがある (それからもっともっともっと) けれど九十九は奪われる。
学校や文化が 頭とからだをバラバラにする。

そして子どもにいう 
手を使わずに考えなさい 
頭を使わずにやりなさい
話さずに聞きなさい
ふざけずに理解しなさい 
愛したり驚いたりは 復活祭とクリスマスだけ。

そして子どもにいう 
目の前にある世界を発見しなさい
そして百のうち 九十九を奪ってしまう。

そして子どもにいう
遊びと仕事 現実と空想 科学と想像 空と大地 道理と夢は一緒にはならないものだと。

つまり 百なんかないという。

子どもはいう
でも、百はある。

―ローリス・マラグツッイ(1920-1994)































































































Posted by hyakuyobako