2015年09月09日 00:23

『森のようちえんって何だろう?』#9

カテゴリ:生涯発達心理学カテゴリ:いなかとまちとカテゴリ:次世代教育カテゴリ:森のようちえん
『森のようちえんって何だろう?』というテーマで、森のわらべ多治見園の園長である浅井智子さんがおはなしをして下さった講演会の話を記事に書いてきましたが、今回の記事が一応の区切りとなります。

ここまで続けて駄文を読んで下さったみなさま、ありがとうございます。^_^





僕の場合、褒められたい、という欲求は子どものころはあまり強くなかったように思います。
自我が芽生えてからすぐ、もうそんな感じの子どもだったと記憶しています。
(いまは褒められたくて仕方ない大人になってしまいました!^_^)


僕が子どもの頃は、大人からやたらと褒められたりすると何だか居心地が悪いような、気持ちが悪いような気分になりましたし、本心で言ってくれてるのかな〜?、違うかな〜?、とその人を密かに観察したりしていました。

祖父母と父母は優しかったけれど、可愛がってくれたけど、しかしよく褒めてくれたかと言えばそんなでも無かったなあ、いやむしろ滅多に褒めてくれなかったぞ・・・おいおい!という印象です。
(単に褒められ慣れていなかっただけの子ども?)

はっきり覚えているのは、家族の中で確かに子どもは主役になりがちでしたが、しかし毎度毎度主役ではなくて、決して僕らを中心に物事が動いてばかりいたわけでは無かったこと。

尊重はされていたけど、神輿の上にかつがれてわっしょい、わっしょいといつもされていた感覚は無かった。

大人と子どもが交わる瞬間はあったけれど、別々に過ごす方が圧倒的に多くて。
親と一緒に遊ぶなんて、年にほんの数回のことでした。
それに、子どもみたいになって子どもと遊ぶ親なんて周りに一人もいなくて。
(じゃあ誰と遊ぶか?もちろん子ども同士で遊んでいました。子どもの相手は子どもだったのです。)

大人と子どもの間には常に一定の距離が保たれていたイメージです。

そのあたりのことは、う〜ん、そうですね、とにかくそういう時代だったのかな、と思います。

もちろん、子どもを褒めて伸ばす、とか言う考え方はもっともっと後になってから巷で言われ始めたことですね。


高原で子どもたちと日々接していると、褒められたくて仕方がない子どもがとても多いことに気づきます。
僕らの子ども時代と比べて親子の距離は随分近くなっているような印象があるのですが、競争を強いて子どもの優越感を刺激するばかりでなく、自己肯定感を育むことに親がもっと意識的になるべきなのかもしれません。
生きていく上で必要な丈夫な"根っこ"をつくるためにも。






話はまたまた僕が子どもだった頃に戻ります。
小学校の半ばぐらいの時期は褒められたいというより叱られたくない子どもだったかも。
そんなイメージがいま頭をよぎったのです。


う〜ん。
あれ、何でかな。

記憶を遡ってみましょう。


・・・

はい、すぐに判明しました。
小学生のとき、僕らの心身に対して強烈な暴力を振るうブラック教師に支配された一年間があったからです。
(過疎地の小さな学校の少人数学級でしたからブラック教師=ブラック担任の存在は際立ちました。かなり悲惨でしたよ。)

その一年を経験してからは、叱られたくないという感覚がやたらと強くなりました。
殴られるのも、心を傷つけられるのも嫌ですよね。

しかし当時は、

「これも指導なのだから仕方ないよね、周りの先生は何も言わないし。」

と思うしかありませんでした。

9/2に豊田市自然観察の森で開催された、森のわらべ園長である浅井智子さんのご講演で、子どもがいけないことをしたときに大人が黙っていることはOKと同じサイン、という話がありましたが、大人がいけないことをしたときに大人が黙っていることも、子どもにとってはその大人がOKしているのと当然同じことなのです。
だからと言って子どもは鼻がききますから

「本当は全然OKじゃないよな!バカちん!」

と大人に対して思っているのですが。






とにかく褒められたくない子ども(?)から叱られたくない子どもにブラック教師のおかげで変貌を遂げたのですが、年月が経ちブラック教師のことを次第に忘れていったら、叱られたくないとビクビクすることもだんだんと無くなっていきました。

そしてブラック教師に出会う前の、そんなに人から褒められたいと思わないだけのシンプルな(?)子どもに戻っていきました。


子ども同士で遊ぶと、褒められたいからあの子に優しくする、とか言う発想では通用しませんでした。

あの子が褒めてくれたからあの子のことが好き、なんてのはよくあったと思いますが・・・基本的にはあまり難しく考えず、楽しいか、楽しくないか、で日が暮れたように思います。


一番楽しかったのは小3のときでした。
(ブラック教師に会う前です。)
毎日楽し過ぎて、常にハイでした。
小2までは引っ込み思案で子ども同士で遊ぶのが苦手だったのですが、小2の冬の図書室で頭の中に突然、

「僕は僕のままでいいんだ!」

という声が響き渡りました。
本当の話です。

何だかよくわからないきっかけで開き直った僕は、小3になったら急に元気になりました。





毎日、毎日、楽しくて、笑っていた記憶しかありません。

宿題はあまり真面目にやりませんでした。
それよりも遊ぶことの方が大事でした。

遊ぶなかでやっていいこと、わるいこと、楽しいこと、楽しくないことを、いろいろ学びました。

浅井さんが講演会で

子どもには、ああ楽しい!!という毎日と、根拠なき自信が大事、

とおっしゃっていましたが、僕の場合はようちえんより随分遅れて小3でそういう毎日をようやく送っていたわけです。




幸運だったのは、過疎地だったせいで子どもの数が少なくて、学校帰りや休みの日に遊ぶとなると様々な学年の寄せ集め集団にならざるを得なかったことでしょうか。

森のようちえんは子ども同士の育ちあいに加えてママたちが見守って下さるけれど、僕らの子ども時代は上の学年の子どもたちのみが下の学年の子どもたちを見守っていました。
誰に頼まれるでもなく、自然と、です。

しかし彼らがママたちと違うのは、所詮ただの子どもなので間違ったジャッジも決して少なくないこと。
彼らのせいで酷い目にあった後などは、年が上だからって迂闊に信用してはいけないな!と肝に銘じます。

子ども同士でそんなことも学べましたね。



少人数だからと言って、良いことばかりではありませんでした。

出会いの機会が少なすぎて、ヒトのサンプルが少なすぎて、対応能力が磨かれにくかったと思います。

他人との間で新たな相互作用が起こることに臆病になりがちでした。
濃密な関係性が築かれていない人と短い時間で仲良くなる人を見ると、自分はあんな風にはできないと自信を無くしました。

世の中にはいろんな人がいるんだ、と頭ではわかったような気になっていても、処世術は全く身についていなかったので、大人になってから困ることが随分ありました。

加えて、集団行動がとにかく苦手でした。
人と同じことを本意でないのにし続けることもすごく嫌でした。
納得いかないのに納得したふりをするのが嫌でした。

これでは周りから浮きます。
現代の日本社会での話ですけどね。



社会人になってすぐの時期、指導係の先輩社員とどうにもウマが合わなくて悩んでいた時期がありました。

浅井さんの話の中に登場した父性性のメッセージ(doing のメッセージ)を発することしか知らない、かなり強烈な人物だったからです。

その人は浅井さんの話に出てきた偽の自信(実はただの優越感)を子どもの頃に抱いてしまったと思われる人でした。
幸いにして僕がその人に感化されることはまったく無く、何年かしたら互いの転勤によって滅多に会うことのない存在となりましたが、いまだに苦手なタイプです。

子どもの頃に出会って免疫がついていれば、何てことは無かったとおもいますが!^_^



などとすべてを子ども時代のせいにしてはいけません。

子ども時代の自分に責任を押しつけてただただ悲観しても始まりませんよね。

とはいえ浅井さんが話してくれたように、自分がギュッと握っているその物差しは、いつ誰にどうやって握らされた物なのか、過去に遡って思い返してみることも時には必要です。






浅井さんから森のようちえんの話を聴いてから自分の子ども時代を思い返してみたら、もしかして結構恵まれていたのかな、と思いました。

住んでいたのが山と川に囲まれた過疎地だったおかげで、森のようちえん的な子ども時代をたまたま過ごせたような気がします。

その幸運な子ども時代を大人になってからの人生に充分生かすことは、僕の場合できませんでした。

今思えばあり得ない失敗の繰り返しばかりで、子ども時代に何を学んだらああなるのか!?という情けないものでした。
誰かが褒めようとしても褒められない、そんなダメな生き方でありました!

(あ〜あ! いまやり直してますけどね!!というかパラレルワールドに移動して別の人生を始めた感覚ですけど!^_^)

そんな森のようちえん風子ども時代の落第生である僕でも、森のようちえんの素晴らしさだけはよくわかります。





さて、僕が働く高原には、子どもたちだけでなく企業の社員の方たちもやってきますが、懇親の場としてバーベキューを楽しむ人たちばかりではありません。



野外炊飯がうまくいかず満足な夕食がとれなかったり

急に天気が変わって大雨にさらされテントの中でずぶ濡れになったり

慣れない場所で体調が悪くなって苦しんだり



そんな体験を若い社員にあえてさせたくてここに・・・。


企業の幹部の方の中には、高原に若い社員の方を連れてくる理由についてそうおっしゃる方がいるのです。


・・・


アルプス子ども会や森のようちえんの存在意義を知っている方たちからすれば、唖然とする話ですが、それが今の日本の現実です。

若い社員だけではありません。
定年退職したあとに燃え尽きたようになってしまうのを防ぐため、ベテランをコーチングするのに高原の自然環境を利用する企業もあるようです。

僕が勤める高原は、本来の自然とは異なる、人の手が入ってコントロールが効いた場所に所詮過ぎないのですが・・・それでも連れてきて経験させようと発想するだけでもまだ良いとも言えましょうか。






浅井さんのお話を聴いて、森のようちえんの素晴らしさを知りました。
そして全国の森のようちえんのネットワークがどんどん広がっていることも。

理解者をどんどん増やすことをしなければなりませんね。

市民と行政はもちろんのこと、企業にも参画してもらう必要があります。

わがまちの大企業は関心を示しているのでしょうか?
大人になった社員さんたちを森に引っ張って連れてくるのも良いけれど。( ̄ー ̄)






最近、初めてお会いしたはずなのにそんな気がしない方たちとの出会いが続いています。

浅井さんもそのお一人です。

初めてなのに前から知っているような気持ち。とても不思議な感覚です。


僕が歳をとったからなのか、僕の価値観がどんどん変わりつつあるからなのか。


また近々お会いできると思うのですごく楽しみです。





























































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Posted by hyakuyobako